第4話:幸せだなあ

 兼子さんから衝撃の告白(?)を受けてから一夜明け、次の日。

 朝、教室に入ると、当の本人が僕の席に座っていた。


「おはよーだにゃん、坂下くん」

「猫アピールいらないって」


 昨日は猫のモノマネに恥じらいが見えたが、もう使いこなしている。くすくす笑って、兼子さんは立ち上がる。


「一応言っておくけど、昨日の話、誰にも言っちゃダメだよ?」


 しーっと、口元で人差し指を立てる兼子さん。

 言われなくても、言うわけがない。僕みたいなやつがあんなファンタジーな話をし始めたら、いよいよ病院に連れていかれる。あるいは警察。


「あとさ」


 自席に戻ろうとする去り際、兼子さんはこちらを振り返って言った。


「今日一緒に、お昼食べようよ」

「は?」

「そんで放課後二人で、どっか遊びに行かない? 原宿とか」

「まてまて。急に何言ってんの?」

「えっ?」


 一ヶ月前、初めて話した時を思い出すスピード感だ。そしてやはり、ついていけない。


「急に、そんな……昨日までそんなこと、一回もしなかったのに」

「最初の一回目って、何事もそういうものじゃない?」


 確かに。急にどストレートな正論だ。


「じゃなくて、なんで今日に限ってそんな事言い出すんだよ」

「むしろ遅いくらいだよ。私たち友達なのに、お昼も放課後も一緒に過ごしたことないなんて、変だよ」

「友達だったとしても、男女だろ。流石に二人きりはまずいって」

「みんなと一緒なら、いいの?」

「……いや、それは」


 そうか。僕は前に、クラスメイトとのカラオケの誘いを断っている。だから今回は、二人きりでの誘いなのか。


「私は別に、どっちでもいいよ? 坂下くんが楽しんでくれるなら」

「な、なんでだよ」

「えっ?」

「なんでそこまでして、僕に構うんだよ」

「あれ。昨日の話、忘れちゃったの?」


 昨日の話。兼子さんは猫の生まれ変わりで、僕に感謝していて、だから一人ぼっちの僕に対しても、気にかけてくれるーー


「確かに昨日までは、私の行動が色々不安だったと思うけど。でももう、そんなことないよね? だって全部、スッキリしたもんね」


 スッキリ……果たして、したのか? 本当にあの話で僕は、納得できたのか?

 いや、そんな訳はない。一晩中考えても、やっぱり納得なんてできるわけがなかった。


「放課後は……ちょっと、用事があるから」

「えっ、そうなんだ。じゃあしょうがないね」


 やんわりと、断ってしまった。もしかしたら僕は、絶大なチャンスを逃してしまったのかもしれない。


「じゃあお昼は、よろしくね」

「あっ、そっちもあったか……いや、えーと」

「実は坂下くんの分のお弁当、作ってきたんだー。楽しみにしててね」

「はぁ!?」

「おどろきすぎー」


 いや、驚くだろう。百歩譲って昼食を同席するのは分かるが、僕の分の弁当まで用意してる、だって?


「流石にまずいって、それは」

「あ、気にしないでいいよ。私いつも、自分の分も作ってるし。ついでに作っただけだから」

「じゃなくて、距離感が! 友達の距離感じゃないだろ、それ」

「……おかしくないよ。だって、たかが弁当だよ?」

「たかがって……」

「あの時坂下くんが私にしてくれたことの恩返しとしては、全然足りないよ。これくらいのことは、させてよ」

「……」


 そう言われると……何も言い返せない。僕が意識し過ぎなだけか? 恩返し以上の特別な意味は、ないってことだもんな?

 ついでに用意しただけの弁当……そう考えると、そう重く捉えるようなものではないのか。


 正直、やはりまだ裏があるのではないか、という彼女に対しての疑心は、消えていない。

 だけど一旦彼女の話を信じたとして、それはそれで、どんな気持ちで接したら良いか分からない。

 要は、僕は兼子さんを猫として見るべきなのか、人間として接するべきなのか、だ。


「いや、人間として接してよ」


 昼休み。

 兼子さんが用意してくれた弁当を頂きながら、そこら辺を本人に確認してみると、心外、とでもいうような反応をされた。

 思えば、授業間の短い休み時間以外で、兼子さんと過ごすのは初めてである。


「言っとくけど、猫じゃらしとかで機嫌を取ろうとされても、困るからね」

「しないよ……つまり、これまで通りの接し方でいいってことなんだよね?」

「もちろん」

「でも、生前の記憶もあるんだろ? ってことは、猫としての意識もあるんじゃないか?」

「えー、よく分からないよ。私はもうめちゃくちゃ人間としての自覚があるから、前世の記憶がある人間、って感覚かなあ?」


 いや、猫だった時の記憶があるなら、それはもうほぼ猫なのでは? 

 だとするとこの状況、美少女の姿をした猫に、異様に懐かれているとか、そういう解釈になるのか?

 いや生まれ変わったのだから、もう今は完全に人間なのか……そこまで考えて、もうやめた。こんなこと、真剣に考えるだけ無駄な気がする。


「それより、どう? 私の作った弁当、お口に合うかな?」

「えっ、ああ……美味しいよ」

「ふふっ、よかったー。早起きしてわざわざ作った甲斐があったよ」

 

 ついでに作っただけという話ではなかったか。まあいいけど。


 ちなみに僕たちが今いる場所は、校舎の屋上だ(今どき珍しいだろうが、何故か我が校では昼休みだけ開放されている)。

 流石に教室でクラスメイトの目がある中、兼子さんと二人で机を合わせて食事をする度胸はなかったので、場所を変えるよう僕が提案した。別にもう、今更かもしれないが。


「唐揚げってさー」


 僕の気も知らず、兼子さんは弁当のおかずに箸を伸ばす。


「別に鶏に限った料理じゃないけど、でも単に『唐揚げ』って聞くと、みんな鶏を思い浮かべるよね。やっぱり鶏肉が美味しすぎるからかな?」

「……そうなんじゃないすか」

「レモンかける、かけないみたいな論争あるけど、ひとまず落ち着いてほしいよね。そもそも鶏肉が美味しすぎることに、変わりはないんだから」

「兼子さん、魚が好きなんじゃなかったっけ?」

「えっ? うん、好きだよ」


 まあ普通に好きなんだろうけど、これだけ鶏肉について熱く語られた後じゃ、いまいち説得力がない。

 やっぱり設定、甘いよなあ……と思ってしまう。昨日の話は到底信じられないものだけど、せめて、もう少し信じさせてほしいものだ。


「ねえ。改めてちゃんと、聞きたかったんだけどさ」


 死ぬほど美味しそうに唐揚げをたいらげた後、兼子さんはそう切り出した。


「あの時どうして君は、あんな事をしようと思ったの?」

「あの時って……猫を埋めた時のこと?」

「猫じゃなくて、名前で呼んでよ」

「兼子さんを埋めたときのこと?」

「そうそう」


 そうそう、じゃない。絶対よろしくない表現になっている。


「まあ、あまり覚えてないけど……体が勝手に動いたというか、そんな感じかな」

「へえ~。ふぅ~ん」


 なぜかニマニマと兼子さんは笑みを浮かべる。そんなに面白い答えではなかったと思うが。


「いや、本当に覚えてないんだなあ、と思って」

「は? どういうこと?」

「なんでもないよー。ふふっ」


 兼子さんの笑みの理由は分からないまま、僕は弁当に残された最後の煮物を口に運び、飲み込む。


「ごちそうさまでした」

「どういたしましてっ」


 昼食を終えた後も、まだ少し残された昼休みの時間を、僕達は隣り合って過ごす。

 屋上に吹き抜ける、温かい風を感じながら。


 特に何を話すでもなく、僕はボーッとしていた。チラッと横を見ると、兼子さんは機嫌良さそうに、空を見上げていた。

 恩人ということは抜きにしても、本当に、こんな僕と過ごして、何がそんなに楽しいんだか。


 そして。


「幸せだなあ」


 聞き取りにくかったが、確かに彼女は、小さくそう呟いた。


 

 兼子さん。もしかして僕のこと、好きなの?

 と、あまりにも自然に言葉が出そうになって、僕は心の中で自分を殴った。


 バカか僕は。今、何を言おうとした? 何を自惚れたことを考えている?


 だけど僕だって年頃の男子で、特定の女子と二人で毎日話をして、笑い合って、昼休みに手作り弁当まで頂いて。

 おまけに先ほど彼女の口からこぼれた一言だ。そりゃどうしても、よぎってしまう。


 いや、彼女は言っていたじゃないか。僕のことを恩人だと思っていて、彼女の行動の全てはそれが理由だと。そもそも兼子さんみたいな女の子の恋愛対象に、僕が入るわけがない。そんなこと、分かりきっているのに。

 

「どうしたの?」


 気づくと、兼子さんと目があっていた。慌てて目を逸らす。不覚にも、ドキッとしてしまった。

 これはよくない。意識してしまうと、むしろ僕の方が、彼女を好きになってしまう。

 僕は再度、心の中の自分をぶん殴り、タコ殴りにした。愚かな僕がピクリとも動かなくなったところで、


「なんでもないよ」


 と、努めて冷静に、僕は返した。

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