第3話家賃割り増しって嘘でしょう
「つまりルナリオは10万ゴールドがほしいってことか?」
「そう。それもなるべく早く。」
初日の農作業を終え、俺とスラリスは朽ちた家に戻り、かび臭い毛布を分け合っておしゃべりをしていた。現在世界が存亡の危機に瀕しているという話は刺激が強いため、そこは伏せて説明する。
「なんで10万ゴールド必要なんだ?」
「そのお金をもとでに街の柵や砦の設備を強化したいんだ。」
「それを…なんでお前が貯めて強化する必要があるんだ…?」
「俺はみんなの安全を守りたいんだよ」
「ルナリオって優しいんだな!」
ゲーム内で四カ月以内に10万ゴールドをためることを失敗すると、「街の防衛費が足りませんでした」と言う魔物による街破壊エンドを迎える。
しかし大抵のプレイヤーは目前の家賃支払いに一生懸命となり、そちらに神経を割くことが出来ずに初週はほぼ必ずバッドエンドを迎えることとなる。
このゲームは死を前提に作られており、ゲームオーバーで死亡した場合は時間が巻き戻るが、資金については死んだときの財産から再開、というシステムが採用されている。一発でクリアされることは念頭に置いていないのだ。
食事を削れば当然飢え、家賃の支払いは待ち受け、居住地の修理や強化をおろそかにすれば魔物の被害を受ける。
しかし死ななくては得られない情報、バッドエンドを回収しなくては分からなかった情報を拾い、それをつなげて生きる為の対策をし、条件をクリアしたときの達成感がたまらなかったのである。
「でもそれは、痛みがないプレイヤー視点の話だからなあ。」
この世界で死んだらどうなるか?分からない。
ゲームのシステムと同様に巻き戻るのだろうか?しかし、ゲームの主人公は巻き戻る前の記憶は失っていた。ゆえに巻き戻りはあくまでメタ仕様と推測するしかないのではないだろうか?
「ルナリオ…?顔がクシャってなってるけど大丈夫…?」
「ありがとうスラリス。今日は早く寝てまた明日頑張ろうか」
主人公の最大の理解者・スラリス。
もうすでに日も落ちた。俺はスラリスを抱いて眠りに付こうと既に短い蝋燭の火を消そうとしたその時
ガンッガンッ
戸からノックの音が聞こえた。
初日に来客なんていうイベントあっただろうか。困惑する俺と対象に、スラリスは新たな来客にわくわくし始めた。
「スラリス、この来客、心当たりある?」
「ううん、全然。でもルナリオみたいにお友達になってくれるひとかも」
スラリスの知り合いではない。いやな予感がする。
「でも、たまになんだけど家の中に人間が現れることはあるぞ!なんだかちょっと透明だから、おいらの仲間かなあ?」
え?出る?この家って幽霊…でる?さっき畑作業を楽しんだというのに申し訳ないけれど、嫌だな。今すぐこの世界を脱出したくて仕方なくなってきた。
今のスラリスの何気ない発言に意識を取られそうになったが、頭を戻す。今はそれどころではない。ノックは続き、差し迫った状況なのだ。
このノックが何なのか、急いでゲームプレイ時の記憶を手繰り寄せていると同時に、ドアを叩く音は苛立ちを隠さないように大きな音となっていく。
そうだ、思い出した。
「これ入居確認イベントだ」
通常、農場ゲームは「この家に住んでいい」という許可をしてくれて、ゲーム開始のお知らせをするのは人間であるほうが多い。
しかしこのプリエスティラ新農場物語の案内人はスライムであり、人間ではない。ゆえに、ここには許可を得て住み込んだわけではない。
ゆえに、お偉いさんは自分たちの街に新住人が来ると、巻き上げられるものは虎視眈々と狙っていた。
家賃を徴収しに来る男は赤い髪をもつ。故に公式では赤のシュトルムと呼ばれる。
ゲームをプレイしていた時は、入居から数日すると悪徳領主の放蕩息子・シュトルムがやってきて、入居者の存在を確認してから費用を徴収してくるのである。
なおこれは何日に生じるかは決まっていないランダム発生で、発生が早ければ早いほど日割りのため初月のみ徴収額が増えるという厄介なイベントである。
最初は確認のようなノックだったのに、その音は苛立ちの色を含みだした。
「おい、誰かここに住んでいるんだろ!?分かってんだぞっ!!」
まずいまずいまずい。ただでさえ死なずにクリアだけでもかなりのハードルがあるのに、そこにこんな、不運が加わったとすれば幸先が悪すぎる!
シュトルムはこのゲームの中の婿候補の一人である。緩くウェーブのかかった長い赤髪を後ろに結び、貴族のきっちりした衣装で前をはだけさせるなどして着崩している。
彼の最大の特徴はその粗雑さ。最初はこのように苛立ちを隠さないような雑な対応でプレイヤーのヘイトを買い、うわさで聞いた範疇だが、結婚してからは優しくなると聞いた。いや、最初から優しい男性のほうが絶対いいだろ。
なお婿候補人気ランキングは5位中3位である。身長は180後半で服からちらっと見える胸筋の整い方から「粗暴セクシー路線の男」ということで人気が高い。世間の女性の、男の見る目のなさをこれほど疑ったことはない。
最初は来客にウキウキしていたスラリスも、シュトルムのその戸の叩き方に怯え始めた。
俺は急いでろうそくをけし、家の床をにらみつけた。
俺は知っている。一か所だけ色が違う箇所を。
元来物置として使う床下倉庫にスラリスと自分の体をねじ込む。この場所は台風襲来時に主人公が畑を心配して外に出ると飛来物に頭をぶつけ命を落とし、ゲームオーバー後のムービーで一匹残されたスラリスが主人公の遺品整理の際に偶然発見するというスペースだ。
なんか、この世界は主人公に厳しすぎて悲しくなってきた。主人公ってもうちょっと恵まれてるものがおおいんじゃないっけ。
倉庫の外、玄関の戸からはバン!という大きな衝撃音をたてた。蹴破ってきたのだろう。そこの修繕にも石材木材が必要となってくるから、俺は別の意味でも涙がこぼれてきた。複数人の足音がしたので、兵士も沢山つれてきたのだろう。
「おや…?誰もおりませんね」
意気揚々だった兵士は、部屋を見渡したのち、困った顔でシュトルムの方を見る。
「ん~?だれかが住んでる気配がすると通報を受けたんだがなあ?」
「通報者の勘違いだったのでしょうか?盗賊さえいなければそれでいいのですがね」
「はは、盗賊だろうが新住人だろうが関係ねえよ。どっちだろうが必要なものは支払ってもらう。」
俺が支払ったその家賃、あなたの遊び代に使われるのだろうなあと思うと苛立ちがこみ上げる。
「ベッドの下にもおりません。スカでしたね。」
「・・・・・・・・・・・」
シュトルムはゆっくりと部屋の中を進み、内装を一瞥する。そして兵士が念入りに点検しているベッドに腰を掛ける。
「そうか、お前たちは鎧をつけているからな。」
床をぐりぐりと踏みにじり、ややあきれたようにシュトルムは言葉を続ける。
「鎧をかぶっていると匂いにも温度変化にも鈍感になる。なあ、ろうそくってやつは、ついている間はそれほど強く匂うわけじゃあないんだ。消した後に独特なにおいが残るもんだ。特に周囲の香りが静まりやすい今のような暗い時間にはなあ。」
シュトルムはゆったりと腕を組み、まるで隠れている誰かに語り掛けるようにしゃべり始めた。
「そしてなによりベッドの上が暖かい。この暖かさは時間が経ってないことを物語っている。」
つらつらと語りだした推理に、俺はスラリスとともに身震いをする。現代人にとってろうそくは日常的に使用する道具ではない。隠れる際に取るべきだった正解は、ろうそくを床下倉庫の中で消すこと、そしてスラリスに頼んでベッドに水をかけていれば、あるいは。
「この床だけ色が違うなあ…?」
シュトルムは黒い革靴のかかとで床をノックする。
「音が違う。おい、お前ら。至急この床を調査しろ」
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俺とスラリスは縄で縛られ、拘束されていた。この床を調査しろと言われた途端、自分から出てきたのである。
理由は簡単だ。ハンマーでも使われて床を壊されたら俺もスラリスも危ない。
「さーて、少年。こんな朽ちた家で何をしていたのか言ってみようか?」
土足の床に正座させられており、不快感がすごい。
しかし何より、嘘をつけば殺すことも選択肢に入れてくるだろう目前の大男が何よりも怖かった。
「森で迷子になり、行きついたこの家で一泊させてもらおうと…」
「身なりはきれいだなあ?どこかの貴族か?」
「いえ…この家に置いてあったものです…」
「ふーん…たまたまサイズが合ったものがこの家に、ねえ?」
こんな捕らえられ方をされ、貴族出身ということがばれれば実家に連絡が行く可能性がある。すると例のごとく暗殺者差し向けられエンドを迎えるのである。俺は身震いしながら一生懸命言い訳をする。
「なんで隠れた?」
「粗暴な男性方が沢山押しかけてきたら俺のような小心者は隠れてしまいます」
「少年は力を入れたらぽっきり行きそうなほど貧弱だからなあ、まあ道理ではあるなあ?さて、最後の質問だ」
俺とシュトルムは互いの眼を見合う。シュトルムが俺を見るまなざしは冷たく、一瞬たりとも隙は無い。
「お前は盗賊か?」
「いえいえいえ純粋な一般市民です。ただよろしければこの家に住まわせてくれたら…なんて…」
あは、あはは。笑って場を和ませたい俺と比較し、シュトルムの表情は一切変わらない。
「おい」
シュトルムは兵士に呼びかける。兵士はうなずき、俺に向って剣を振り上げた。
嘘でしょう、ちょっとお金をケチろうとしただけで、俺は今ここで死ぬの?
目を瞑り、衝撃に体をこわばらせる。
ザシュッ
・・・・・?
「痛くない…?」
俺を拘束していた縄だけがパラパラと落ちた。
「ったりめーだろ。お前が盗賊じゃないかどうかを見抜けねえほど俺の眼は腐っちゃいねえ」
シュトルムは窓の方向を顎でくいっと指し示す。
「畑。整備してあっただろ。住み着いて真っ先に畑を耕す盗賊、さすがに俺は聞いたことがねえ。それと」
今度はその長い指をスラリスの方に向け
「そのスライム。街でうわさされてる人懐っこいスライムだろ。代金だけおいて品物をこっそり持っていくモンスター。払うべきものはちゃんと払っているから取り締まらねえが、人間に溶け込もうとする善性のスライムがいるという話は俺も知っている。」
そんなスライムが盗賊に懐くとはさすがに、なあ?と続ける。スラリスはシュトルムを恐れ最初は俺の後ろに隠れていたが、自分にかかわるその話はちょっと照れ臭そうに聞いていた。
「俺が善良な市民という言ことがわかっていただけて…」
「いや?お前が
シュトルムは腰に下げた細身の剣をすらっと抜き、俺の眼前に剣先を持ってきた。
「お前、ここに住み着いたにもかかわらず、払うべきものを払わずに逃げようとしたなあ?」
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