我らげんぶんけん!

フルーツ仙人

第1話 女キャラばかり罰せられるのはなぜ?

 現代文化研究部、通称げんぶんけんの部室は、今日も雑然としていた。コピー論文の束に漫画雑誌の山、机の上には食べかけのポテチと紙コップ。棚には誰かが持ち込んでそのままになったライトノベルが山積みだ。


 大学の講義を終え、カフェのバイトをこなした足でそのままここへ来た俺は、ソファに身を沈め、棚から無造作に引き抜いた一冊――悪役令嬢ものの小説――をめくっていた。甘いものは得意ではないから、店で余った賞味期限切れのケーキに手を伸ばしたことは一度もない。代わりに、この場所では暇つぶしにラノベを読むのが、すっかり習慣になっていた。


「なぁ」

 ページを閉じて、天井を見上げたまま声を出す。

「この王子もだいぶクズなんだけどさ、読者のヘイトって結局“男爵令嬢ヒロイン”のほうに集まってないか? “男に軽々しく話しかけただの、礼儀を守らないだの”って。どう見ても王子のほうが悪いのに、ヒロインばっかり叩かれてる気がするんだよ」


 文芸部と図書館委員を掛け持ちしている東堂綾乃が、静かに本にしおりを挟み、背筋を伸ばした。眼鏡の奥の視線は落ち着いている。


「理由は三つあるわ。

 一つ目。読者の“無意識の前提”。――『慎み深い女は善、自由に振る舞う女は悪』という価値観が刷り込まれているから、王子の横暴よりも“規範を破った彼女”のほうに強く苛立ちを覚えやすい。

 二つ目。物語の視点。多くの作品は“貴族社会の常識”から描かれるので、礼儀を乱すヒロインは『場を壊す人』に見える。王子の問題は背景として流されやすい。

 三つ目。カタルシスの装置。物語は『誰かを罰すると気持ちいい』という安心を作るために逸脱者を置く。その役に“男爵令嬢ヒロイン”が選ばれやすい」


「え〜っ、そうなんですかぁ」

 漫画研究会の藤村ほのかが、ポテチをつまむ手を止めて目を丸くした。袋に手を突っ込んだまま、口をあんぐり開ける。

「私、ただの“ざまぁ”展開だと思ってましたぁ」


 綾乃は小さくうなずいた。

「“ざまぁ”も型のひとつ。でも根底には“規範を守らない人は裁かれるべき”という前提がある。だから王子より彼女がやり玉に挙げられやすい」


 そのとき、紅茶の香りが漂った。片倉悠真が、湯気の立つカップを器用に持ち運び、テーブルに並べていく。にこやかに微笑み、スプーンをわざと一度だけ鳴らしてから椅子に腰を下ろした。


「ふふ」

 片倉は俺の前にカップを置きながら言う。

「人は、秩序が守られていると安心するんです。だから物語の中でも、規範を破った人物が“きっちり罰される”と『正しさが戻った』と感じる。日本的な“スカッと”は、その安心を確かめる儀式みたいなものですよ。――うちの兄さんたちもよく言います。『変わったことはするな』って」


「兄さんたち?」

 ほのかが首をかしげ、ポテチをぽとりと落とす。慌てて拾って、またころっと笑った。


「長兄は特に真面目で、『正道を外れるな』が口癖です。次兄は逆に『外れたほうが面白い』と笑うタイプ。私はその間にいるから、どちらの気持ちもよくわかるんです」


 片倉の家は寺で、彼は三兄弟の末っ子だ。

 長兄は跡を継ぐ準備をしている筋金入りの堅物。

 次兄は外で自由にやっているらしく、口が達者で人をからかうのがうまいらしい。

 どっちに転んでも濃いのに、その間で育ったのが片倉だと思うと――目の前で紅茶を配りながら胡散臭い笑みを浮かべてる姿にも納得がいく。


「……うーん、なるほどな」

 俺はカップを持ち上げかけて、結局テーブルに戻した。


 けど確かに、日本の悪役令嬢は結局“規範を守る側”に回されやすい。権威やルールを補強する役回り。本当に“規範をぶち壊してくれる”タイプは、案外少ない。


 ――その“ぶち壊すほう”の話。次はそっちを聞いてみるか。

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