第2話 とあるホストの話


ショウと言う名前で活動しているホストである中川翔は人生で最悪な日となった。


朝から、(と言ってもホストである翔の朝は午前11時である)先輩のホストに媚を売ったり、ラエンで繋がっている顧客に、本心が全く籠もっていない愛の言葉を贈ったりした。


午後3時からは、いよいよ、ホスト業が始まる頃合いだ。割と早く来てくれる姫のご機嫌をとったり、姫が注文した度数の高いアルコールを飲んだ。


午後6時はいよいよ、たくさんの姫が来る時間帯なのでとても忙しい。翔の所属しているホストクラブはかなり大きい方に所属している。新規のお客さんもいるので、あちこちのテーブルを回りながら笑顔を貼り付けて笑いを取っていた。



ここまでは良かった。いや決して良くはないのだが彼の中では日常になっており、後二時間したら上がって、姫とのアフターだなとこの後の予定を呑気に考えていた。だから、背中から忍び寄ってくる気配に気づかなかった。


バシャ!!


後ろから思いっきりジェロボアムサイズのシャンパンをぶっかけられた。翔の隣にいた姫は悲鳴をあげ、翔自身は振り返り衝撃を受けた。


(ま、麻衣!!)


後ろには翔がホストになりたての頃、初めて指名をしてくれた大切なお客であり翔にとっての初恋の人物でもあった。その初恋の人物は濃いメイクが崩れていてもなお静かに泣き続けていた。数秒お互いの目が合ったかと思うと、



カチリ、カチリ


カッターの刃がどんどん露わになっていく音がした。その音に翔は、はっとしたのと同時に麻衣は持っていたカッターを翔に向けて振り下ろした。反射的に目を瞑るがいつまで経っても、痛みが襲ってこない恐る恐ると目を開けると、黒服の人たちが、麻衣を取り押さえていた。麻衣は抵抗することなく、大人しく取り押さえられていた。しかし翔の目をじっと見つめていた。翔は麻衣が自分を見つめてくるのを呆然と見返していた。


なぜ、どうして、一体何があった。それらの言葉がぐるぐる翔の頭をぐるぐるとしていた。時間が経てば、周りのホストや姫は何事もなかったかのように、談笑しているが翔はそんな気分になれなかった。やがて店長が翔が働き者にならないと判断すると今日は早めに退勤していいよと言った。翔は素直にそれに従った。


酒を飲めば忘れられるかと思い、近くのコンビニでビール缶を3本くらい買うが全く気が紛れない。翔は確かにふらふらと酔うようになってきたが、それでも麻衣のことが頭から離れなかった。翔が一瞬、酔いから覚めた時にはもう、あの店のベンチに座っていた。

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