#40 二人のシルヴィア 本物か偽か

 灰都の昼下がりはとても静かだった。

 午前中まで降っていた雨があがり、太陽は濡れた石畳を淡く照らす。


 アンナが風を取り込むため、窓を開けると爽やかな風が吹き込んだ。花の香りが店内を満たす。心地よさに笑みを浮かべると、がらがらと馬車の輪が店の前で止まった。 


 人気のない寂れた店の前で馬車が止まるなどとは、珍しい。アンナはそう思いながらも馬車から降りた来訪者を窓から確認した。


――補佐官のダルタナ、それと二人の女性の姿が見える。ただ、窓ごしではところどころに水滴がついていて、詳しい様子はわからなかった。アンナは急いで扉を開けた。


 ガランとベルが鳴り、入ってきたのはダルタナと、二人の女性だ。

 だが異質さに、アンナは「いらっしゃいませ」というのを忘れてしまった。


 背も、髪の長さも、顔立ちまでも――全てが一緒の女性。まるで鏡に写したように。その二人が、同じ声と同じタイミングで名乗った。


「「シルヴィア・ハルメンと申します」」


 ハルメン――ルーカスが先日、来訪時に持ってきた書類に掲載されていた。科学と魔法、その両方を分析する異端学者オズワルド・ハルメン博士。とても偏屈。掲載されている挿絵も妻シルヴィアと必ず一緒でないと許さないと豪語していた愛妻家――。しかし、しかしだ。


「……奥様は以前、亡くなったとお聞きしましたが?」


 問いかけると、ダルタナが困惑気味に肩をすくめる。


「いやあ、僕もそう聞いていたんですけど。それが、よくわからなくて……」

「それより、どうしてここに?」


「そうでした! 今朝、かのオズワルド博士が亡くなったとの報告があって――で、ルーカスさんと調査するために博士の研究施設にいったんです。それであちこち捜査していたら、どこからかこの女性たちが出てきて。話をきいても、どちらもシルヴィアさんだっていうし――。あの、本当……なさけないと思うかもしれませんが、その、僕たちどちらも女性の伝手つてがなく――」


 ポリポリと頬をかき、ダルタナはアンナを見やった。


「まあそういうわけでルーカスさんいわく、『店主のところへ連れていけ』と。たったひとこと! 何の説明もなくですよ! まあ、そういうわけで、店主さんも同じ女性ですし――少しの期間、彼女たちの身元を引き受けてもらえませんか。予算はルーカスさんがなんとかしてくれる……のだと思います。いえ、なんとかしますから!」


 微妙に似ていない声真似をしながら、ダルタナはアンナに向かって懇願こんがんした。


 椅子に座るときの動作、見る時の仕草、すべて同一。

 アンナは二人の女性を見比べた。ダルタナが持ってきた博士の資料をもらうと、目を通す。学者の妻シルヴィア……記事の挿絵と全く同じ顔だ。


「あの、奥様は双子か三つ子ではないのですか? それか、娘さんだとか」


「……もちろんシルヴィアさんについてもきっちり調べましたよ。でも奥様は一人娘です。そして、お子さんもいません。なにより二人とも『自分こそが本物のシルヴィアだ』と言い張ってましてね」


 ダルタナが困ったように頭をかく。


「二人ともシルヴィアさん……?」


「でもあり得ませんよね。さすがに奥様は一人のハズですし。いや、そんな……まさか重婚なんて! ああ、なんてうらやま――ではなく!」


 胸の前で握りこぶしをつくり、ダルタナは力説した。


「聞き取りはしましたが、この通りどちらも本人だと! それに! 調べるって、どうやってですか……! 調べる!? それができたら苦労しませんよ!」


 ダルタナはオーバーリアクションを示したのち首を大きく振った。しかし、どちらもシルヴィアということはありえない。となると。


「では、そうですね……私が二人の魔力の流れを調べましょう」

 

 カウンターの奥から取り出した専用魔道具を机に置き、アンナは呪文を唱える。二人のシルヴィアの瞳が、それぞれアンナを映し出した。そのまま魔力測定器を起動させ、二人の女性に視線を向けた。


「失礼します。お二人とも少しだけ魔力を見せてください」


 水晶鏡が反応する。青白い光の筋が水晶の中で緩やかに伸びて流れは互いを映し合うように同じ軌跡を描く。同じ流れの魔力――そして素養の色――魔力の波形が交差した瞬間、装置の針が跳ね、金属音を立てて止まった。青い光は完全に一致し、どちらが光でどちらが影なのか、もはや判別がつかない。結果を見て、アンナの口から静かなため息が漏れる。

 この反応は――


「……これは……二人とも、シルヴィア・ハルメンさんです。本物の」

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