#22 聖レアの秘石 相反する心

 アンナに絶対的な死が迫る。


 魔力の風で棚にあった瓶がひとつ、またひとつ落ちていく。

 宝石と化したアンナの耳には届かず、全くの無音だった。


 ミネルバの膨大な魔力は負を巻き込み圧倒的で、アンナは呪文どころか声も出せない。視界は青の硝子越しのように変わりゆく。


 アンナの身体のほとんどが青い宝石へと変わった瞬間、異変が起こった。

 生じていた強い魔力の風に吹かれ、アンナの傍らへと何かが落ちる。


――青の宝石。


 煌々と輝き、アンナの身体から次々と魔力を奪っていった。


 一気に血を抜かれ続けるような感覚に陥り、アンナはそのまま地面に倒れ込んだ。地面に手をついて手が割れる寸前で、自分の宝石化が一瞬で戻っていたことに気づいた。


 ミネルバからとめどなく流れくる魔力をも、聖レアの秘石は全て受け続けていた。


 ミネルバの髪が宙に散り、細い指先は光を帯びた。皮膚はここで全て硬質な宝石へと変わりゆき、ミネルバからの甚大な魔力と、聖レアの秘石がとうとう衝突した。


 

 紫の輝きが爆ぜ、光の粒が秘石と衝突する。

 ミネルバの心臓の、さらに奥で魂が燃え尽き消えうせる瞬間、ミネルバは瞳が宝石に変わる直前、涙を浮かべた。唇だけがかすかに動く。


「――」


 風が吹き抜け、室内は沈黙していた。

 

 魔力を浴び続け、気を失っていたアンナが目を覚ました時、ミネルバは――跡形もなく砕け散っていた。


 ちらちらと床の上で、美しい青紫の結晶が散らばっている。


 アンナは床にすがり、かけらをかきあつめた。

 砕けた聖レアの秘石と混ざり合って、どれがミネルバなのかは、判別不可となっていた。


 自身の境遇と絶望と怒りの果てに魔力を生み出し続けたミネルバと、魔力を吸い続けた秘石……。拮抗し、両方ともが消え失せてしまったのだ……。


 「ミネルバ……」


 アンナは静かに泣いた。


 ただ静寂の中で、二つの宝石のかけらだけが――月夜に輝いていた。




★聖レアの秘石

英名:The Relic of Saint Lea / The Saint’s Tear


概要

聖レアは、古聖国イシュラ期(約600年前)の大魔術戦争時代の聖女。レアの魂を封じたとされる古代遺物。


 「戦火に苦しむ人々の痛みと怒りを吸い取り、動乱を鎮めた聖女」であることから、この石は吸収と鎮静を宿す魔具として知られる。しかし、度重なる戦乱で消え失せたとされる。


吸収と鎮静

魔力・強い感情による怨念を全て吸い取ることで、外界の暴走を防ぐ。

聖女の願いは止めること。ただ抑えきれないほどのミネルバの負の魔力により、吸収相殺されて永続的に破壊、今世より失われた。



★ミネルバ:貧民街生まれ。識字も計算も難しかったがゆえに、宝石でお金の支払いをしていた。持ち前の明るさで生き延びていたが、今後の不安に絶望し闇へと堕ちた。


 近寄るものを全て宝石化する『魔道具』していたが、聖レアの秘石によって魔力相殺され、世界から完全消滅した。

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