雨の草むらで命をわけた夜 #2



草が密集する草森の奥、激しい夕立が葉を叩きつけていた。


空が一瞬、白く裂ける。稲妻の閃光に照らされたその中で、小さなトカゲは肩をすくめながら、低い声でつぶやいた。



「……ねえ、ここって、安全かな?」



隣にいたネコは、少しだけ考えるように間を置いたあと、ぶっきらぼうな声で言った。



「……うん。ここ、あめよけ、できる」



その目はまっすぐで、不器用なやさしさが宿っていた。



「そっか……。えっと、どうしてここに来たの?」



トカゲくんが問うと、ネコは小さく首をかしげた。



「えもの。さがしてた。そしたら、きみ、いた」



その言葉に、トカゲくんは思わずクスッと笑った。



「獲物、ね……。じゃあ僕は、たまたま見つかった“ちいさな獲物”だったんだ」



するとネコは、慌てたように首を横に振った。



「ちがう。……たすけ、たかった」



遠くで雷が轟いた。


その直後、ネコのお腹が「グゥゥ〜」と鳴った。



「まだお腹、空いてるんだね」



トカゲくんが微笑みながら言うと、ネコは少し恥ずかしそうに、そっと目を伏せた。



「……ちょっと、だけ」





---





雨は次第に弱まってきたものの、空はまだ暗く、草葉の下は静かな陰を落としていた。


二匹はぴたりと寄り添うように座り、重く湿った空気を共有していた。


さっきまで、自分のしっぽを食べさせた相手。


命を分け合ったというのに、やはりその背には、どこかおそろしいものがあった。大きな牙、鋭い爪。そして、何よりもその力強い体。



「……もしかして、ボク……食べられたりしないよね」



トカゲくんはそうつぶやきながら、そっとネコを見上げた。


だがその言葉は相手に届いていないようだった。


ネコは眠そうに目を細め、そのままドサッと横になり、トカゲくんの体を自分の長い尻尾で包み込んだ。


その大きな体が発する低い鼓動が、微かに地面を伝って揺れていた。


トカゲくんはその中に守られながらも、なかなか眠ることができなかった。





---





夜が明け、草森は霧に包まれていた。


雨はすっかり止み、小鳥のさえずりが遠くから聞こえる。


トカゲくんは目をこすりながら身を起こし、周りを見渡した。



「……ん。ネコ、サウルス……?」



すぐそばにいたはずの大きな体は、もうどこにも見えなかった。


少し離れた草むらから、ザクザクと足音が近づいてくる。


草の影から現れたネコは、狩ってきた獲物を口に咥えていた。


その獲物を葉っぱの上に置くと、バッタの体と脚がいくつも、どさりと乗せられた。



「これ、あげる。バッタ、あし、うまい」



得意げな顔で差し出す姿に、トカゲくんは思わず目を丸くした。



「えっ……雨のあと、狩りに行ってくれたの?」



ネコはこくりと頷いた。



「しっぽ くれた。私、かえす」



トカゲくんはそっとバッタの香ばしい脚をひとかじりし、思わず頬を緩ませた。



「……最高の味だ。ありがとう」



ネコは照れくさそうに耳を伏せ、空を見上げた。


その先には、うっすらと虹がかかっていた。


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