第6話 紅い微笑の向こう側
前書き
この6話からルナは本格的にあることを決意します。
そして彼女に力を与えたルシアンが登場です。
********
舞台はノア連邦最大の放送局「NNTV」──
煌びやかな照明とカメラの光が交錯する中、
人気生放送トーク番組「スター・アフタヌーン」が進行している。
出演者はMCの男性アナウンサー、毒舌で有名な女性タレント「ミナ・グレイス」、バラエティ常連の男性タレント「ケイン・ロウ」、そして今をときめく歌姫、「リエル」。
番組は終盤に入り、アナウンサーがリエルへと話を振る。
彼は穏やかに微笑みながら尋ねる。
「リエルちゃん、今やあなたの歌は街中で流れ、子供達まで口ずさむほどの人気です。
ご自身では、この“ブーム”をどう感じていますか?」
リエルは柔らかく微笑み、静かな口調で答える。
「私はただ……自分のメッセージが、今を生きる人たちの心に届き、何かを大切なことを考えるきっかけになったらと思っています。」
アナウンサーはその謙虚な答えに感心しながらも、さらに掘り下げる。
「リエルちゃんの歌声は“奇跡”とも称されています。
稀代の歌姫と呼ばれることについては?」
リエルは少しだけ考え、首を傾げて答える。
「そうですね……私自身、そういうことをあまり考えたことがないので、正直よくわかりません。」
スタジオにわずかな間が生まれる。
すると、共演者の女性タレント・ミナ・グレイスがムッとしたように口を挟む。
「“よくわかりません”って……それはないでしょ?
せっかく生放送で、ファンだってたくさん観てるのに。
そういうことは、ちゃんと言葉で返すべきだと思うよ。」
観客席から微妙なざわめき。
「お~いグレイス。 そんな言い方しちゃリエルちゃんがビックリしちゃうじゃないか? 楽しく行こうよ、そうだろ?
おおっと! そんな事言ってる間に控え室で置きっ放しのポップコーンが、しなしなになっちまうよ。
後で皆に分けるつもりだったんだ。
ほらほらキャロライン、ポップコーンは私だけのものなんて言うもんじゃなぁい。
さてキャロラインも落ち着いたんだ、皆仲良くしようぜ! な?」
ケインが必死に空気を和ませようと冗談を交え、苦笑いでフォローする。
その時、リエルの表情がふと変わる。
静かに、冷たい光を帯びた瞳。
彼女はミナを見つめ、その“内側”を覗き込むように視線を向ける。
――見える。
ミナの心に渦巻く嫉妬、不安、虚飾。
過去のスキャンダル、誰にも言えない闇。
そして、番組前に流した嘘の笑顔。
リエルは視線をそっと伏せ、淡く微笑む。
だが、その微笑みの奥に、ほんの一瞬、冷たい紅が宿った。
「……そうですね。言葉は大切です。」
とリエルは答え、トーンを整えてカメラに向かって微笑む。
その場の空気は不思議と一瞬で和らぎ、
ミナ・グレイスの挑発に対しても、リエルは微笑を崩さず、淡々と話し始めた。
「そうですね……私は、自分の歌はもちろん、たくさん練習もしてきました。
けど――どれだけ世の中の言う“努力”なんて言葉を飾っても、結局は才能と本質の差です。」
スタジオの照明が、彼女の瞳の奥の青を一層際立たせる。
その声は澄んでいるのに、なぜか誰の心にも深く突き刺さった。
「歌も、容姿も、雰囲気も……すべて持って生まれた先天的な才能が必要。
私はそれを“幸運にも”持っていた。ただ、それだけの話です。
でも――性格や人間性の悪い人が、どれだけ取り繕っても、醜さは隠せない。」
誰かが息を呑む音が、マイクに拾われた。
リエルは何かスイッチが入ったかのように話し続ける。
「もちろん、世の中は“賢い人”ばかりじゃありません。
愚かで、簡単に虚飾と欺瞞に満ちた人間でも、ある程度身だしなみを綺麗にすれば、騙される人もたくさんいます。
けど、私はそんな人達のためには歌っていない。
賢く、優しくて、愛のある人達のために歌っています。」
言葉が次第に熱を帯びていく。
もはや“受け答え”ではなく、“宣告”のようだった。
スタジオの全員が固まる。
モニターの向こう――街頭ビジョンの前でも、視聴者が息を止めていた。
リエルは、そんな空気の重さすら気にせず、淡く微笑んだ。
「それと──。」
と前置きし、少しだけ身を乗り出す。
「私はこの業界の中で、ずっと言われてきました。
“枕営業で成り上がった小娘”だって。
……でも、ここで誓って言います。
私はそんな下品な真似はしていません。
それをしているのは――私以外の多数のタレントやアイドル達です。」
その瞬間、空気が一気に凍りついた。
共演者もスタッフも顔を青ざめさせ、誰もが目を逸らす。
ミナは小刻みに震え、唇を噛みしめる。
「……いい加減にしなさいよ、この小娘ッ!!」
椅子を蹴り飛ばし、立ち上がるミナ。
一同が仰け反るほどの激しい怒り、場を和まそうと奮闘していたケインも思わず驚き、首がむち打ち状態になっている。
だが一人だけ、リエルは動じず、まっすぐに見つめ返す。
「図星だったんですか? ミナ・グレイスさん。」
その笑顔は優雅で、どこまでも冷たかった。
「本当のことを言われて感情的になるのは、未熟ですよ。」
怒号、叫び、スタッフの混乱。
ディレクターが「カメラ切れッ!」と怒鳴る。
映像は切り替わり、アナウンサーが必死にフォローを始める。
「え、えー……放送の途中で少々トラブルがありました。
ここで一旦、番組を締めさせていただきます……!」
その横でリエルは、静かにカメラを見つめた。
そして、放送の最後に――
まるで祈るように、しかし痛烈に語りかける。
「この場は、謝ります。 私のせいで皆さんを不快にさせました。
けれど、皆さんも考えてください。
自分や人の過ちを咎めず、恥を恥とも思わず、汚い欲望のまま生き、目を塞ぎ、耳を塞いで生きることが、今のこの――歪んだ世界を作ったということを。」
一瞬、照明がチカリと瞬いた。
リエルの瞳に、紅い光が一瞬だけ宿る。
だがすぐに微笑みが戻り、画面はフェードアウト。
番組は、史上最悪の放送事故として幕を下ろした。
*****
画面が暗転し、スタジオのざわめきが途切れる。
地下のモニタールームには、緊張と沈黙が数秒だけ満ちた。
次の瞬間、カイルが椅子に深くふんぞり返りながら、
手を叩いて豪快に笑い出した。
「はっはっはっ! 良く言ったぜ、姉ちゃん!
世間さまの目を覚ましてやれってんだ! いやぁ、スカッとした!」
その勢いに乗って、エリックも大声で笑いながら立ち上がる。
「いやぁ、気持ちいいね! リエルちゃん最高!
俺達が思ってることをバシッと言ってくれたって感じだよな。」
彼らのテンションに対して、ユミナは苦笑しつつも眉を寄せた。
「……でも、二人とも。あの子、これから大変じゃないかな?
社会って、そんなに簡単に“本当のことを”を許してくれないよ。」
その言葉に、部屋の空気が少しだけ沈む。
カイルは腕を組み、天井を見上げた。
「まぁ、確かにな。正論ほど叩かれる世の中だ。」
セラはその間も、無駄のない手つきで銃を分解・手入れしながら、
落ち着いた口調で言葉を差し挟む。
「大丈夫なんじゃない……?
あのリエルって子、相当強力な魔力を持っているのは確かでしょ?
"人"だけじゃなく、蒼井さん以外の私達の“意識”すら欺いてた。
あれほどの力……絶対の自信がなければ、
あの場であんな発言、出来るはずがない。」
ユミナが頷く。
「確かに……ね。」
すると、全員の視線が自然と蒼井に向く。
蒼井は、無言のままモニターを見つめていた。
画面には、まだリエルの微笑みが残像のように映っている。
彼の瞳は静かに揺れ、口元だけが僅かに動いた。
「……やはり、ルナは――あの時の想いを、実現するつもりかもな……。」
誰もが言葉を失い、
ただ蒼井のその呟きだけが、部屋に深く響いた。
*****
その日の夜、紅咲ルナはトーク番組の放送後、事務所の社長に深く頭を下げていた。
謝罪はすでに済み、形式的な処分も決まった。
彼女は静かにそれを受け入れ事務所のお気に入りの場所――ルナは屋上に立っていた。
夜風が頬を撫でる。
街の灯が下に広がり、流れるような光の群れが
まるで人間の欲を象徴しているかのようだった。
「……やっぱり、何も変わらない。
皆、見て見ぬふりばかり。」
その独り言を、柔らかな声が遮った。
「君が“諦め”なんて口にするとは思わなかった。」
低く穏やかな声が、背後から響く。
ルナの身体がわずかに強張る。
振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
長い黒髪が月光を反射し、
白い肌と整った顔立ちが、まるで彫刻のように静謐だ。
漆黒のスーツを纏い、細身のシルエット。
その瞳は、夜よりも深い黒の中に紅の残光を宿している。
「……また勝手に現れるのね。ルシアン。」
「君の声が聞こえた気がしてね。」
彼はそう言って、欄干に視線を落とす。
「見事だった。あの放送。
多くの者が君を恐れ、同時に心を奪われただろう。」
ルナは小さく鼻で笑った。
「そんなことはどうでもいい。 どうせ私を面白がって中傷するか、いつの間にか忘れるか……。
人ってのはいつもそう。
それよりも……一つ、気になることがあるの。」
ルシアンの瞳がルナに向き、彼はわずかに首を傾げた。
「どんなことだい?」
「ある青年が、私の支配魔法の影響を受けなかった。」
ルシアンの表情がわずかに変わる。
「……ほう? どんな人だったかな?」
「普通の大学生よ。
だけど純血のアマツ人で、何か不思議な感覚を持ってた。
それに――私を助けてくれた。」
ルシアンは静かに目を閉じる。
風の音だけが二人の間を通り抜けた。
「そうか……その青年に、興味があるな。」
彼は穏やかな声で言った。
「私が君に授けた魔力は、神の力に近い。
本来なら、人間ごときが抵抗できるはずもない。
……となると、彼にも特別な何かがある。
強力な魔力と人間離れした精神力が備わっているのかもね。 もしくは……。」
そこでルシアンはふと黙り、
何かを思案するように目を伏せた。
ルナはその様子を見て、首を傾げる。
「どうしたの? らしくないじゃない。」
「いや、何でもない。」
ルシアンは静かに微笑んだ。
「ルナの支配魔法は絶対だ。
その青年だけが特別だったのだろう。
他の人間には決して効かないなんてことはない。」
「……そう。」
ルナの声は低く、決意を帯びていた。
「でもこれでハッキリした。
この世界には――強い衝撃が必要。」
その瞬間、ルナの瞳が紅く輝く。
月の光が、その紅を受けてゆらりと揺らめいた。
ルシアンは微笑みを深める。
「君はいつも正しいよ。
その力を、良いことに使える。
きっと……世界を美しくすることが出来る。」
ルナは何も言わず、夜の街を見下ろした。
彼女の瞳には、紅と光とが交わるような、奇妙な静けさがあった。
風が吹き抜けた時、ルシアンの姿はもう消えていた。
ただ、夜の底に低く響く声だけが残る。
「――いずれ、その青年と君は再び出会うさ。」
ルナは振り返らず、ただ冷たい夜気の中で、ひとり呟いた。
「世界は……もう、眠りすぎた。」
月のない夜、彼女の紅い瞳だけが、
ひときわ強く光っていた。
********
後書き
ご拝読ありがとうございます。
ルナが堂々と皆が注目する中で、社会の闇を暴露をしました。
人間というのは汚れた欲望に駆られると、どこまでも醜い存在になるものです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます