23品目 ある日の「ざるそば」
「あちぃ……」
3日前までは私で暖をとろうとしていたさと子だったが、今日は残暑にへばっている。自分の手で顔をぱたぱたと扇いでいた。
「今日はさっぱり系いこうよ純ちゃ~ん。暑さで溶けてしまいます」
溶けるさと子は見たくなかったので、私は清涼感あるメニューを選ぶ。さと子も同じものを注文した。
「おそば! いいね」
選択したのは『ざるそば』だ。こんなのもこの学食にはラインナップされてるんだな……。
さすがにせいろには盛られていなかったが、平らな皿にきれいに盛りつけられている。上にのった刻み海苔がいかにも風流な雰囲気を醸した。
つゆは別の器に用意されており、ほかにはネギとわさびの薬味も備わっていた。
「純ちゃんはそば好きですか?」
「私? うん、好きだよ」
実をいうと大好物だ。家族でそば・うどんの店に行った際など、ほとんどの回で自分はそばをセレクトする。
「へえー。なんか純ちゃんっぽいかも、通って感じで」
別にそんな食通とかではなかったが。
「普通になんとなく好きって感じだよ。いただきます」
そばをつゆにつける・つけない問題とかも、なので自分は特に興味ない。これと思う加減でつけてから、最初のひと口をいただいた。
(うん。美味いな……)
そばならではの風味があっていい。さと子はどちらかというとこってり系のメニューの方が好きらしかったが、私はこういうあっさりしたタイプが好みかな……。
「どれどれ。……うん! 素晴らしいですねえ~」
後続のさと子が有識者のようなレポートをしている。うんうんと頷きながら、演出過剰な感じで味わっていた。
「なんかこう……。初めて食べるような。いや、むしろ慣れ親しんだあの味わいのような?」
どっちだよ。無理せず気楽に食べろ。
そば博士ごっこには早くも飽きたのか、薬味のネギとわさびも適量使いつつ普通に食べ始めた。
「やっぱさっぱりするねえ~。そばにして正解」
9月も半ばのこの時期とはいえ、まだまだ暑さ厳しい日はある。こうして冷たい系のメニューも置いてもらえるのは、本当にありがたいことだ。
(……9月、か)
私は半分ほどそばをいただいたタイミングで、さと子にあるものを手渡した。
「さと子、はいこれ」
「むん? 何ですかな」
箸を置いて、私からそれを受け取るさと子。小さな紙に書かれた文字を、しげしげと眺めつつ声に出した。
「……『大盛券』だ。くれるの?」
この学食で使える、頼んだ品を増量する夢のアイテム。さと子も『唐揚げ丼』の時に使った魔法のチケットだ。
「うん。ほんとにささやかな気持ちだけど、誕生日プレゼント」
特別お金のかかった贈り物とかではなかったが、食べるのが好きなさと子に相応しいものを選んだつもりだ。
「……やっぱりちょっとしょぼかったか?」
何も言わずに呆然としているさと子の反応を見て、私は少々焦り出す。1枚150円の大盛券じゃ、さすがにお小遣いケチりすぎたかなと不安になったが……。
さと子はゆっくりと首を横に振ると、私の目を見て返事をくれた。
「ううん……。純ちゃん、あたしの誕生日覚えてたんだなあって……」
どうやらしばらく固まった状態でいたのは、私がさと子のバースデーを覚えていたのがよっぽど意外だったかららしい。
「何だよそれ、当たり前だろ?」
プレゼント自体が不評だったわけでなかったと知って、私は表情を緩める。さと子もつられるようにして相好を崩した。
「へへ、嬉しいなあ~。……ありがと純ちゃん」
普段なにかとさと子に対して当たりが強くなってしまう私。らしくないことをしたかなとこっぱずかしい思いでもいたのだが、喜んでもらえてほっとした。
「……ど、どういたしまして」
好評だったら好評だったで、どう反応したらいいかわからなくなる。私は照れをごかますような動作で、再びそばをすすった。
『9月14日 ざるそば
純ちゃんに大盛券をもらいました。大事にとっておくと見せかけて普通にどっかで使います!
純 & さと子』
「まあそうして欲しいけど。でもなんか余韻もへったくれもないなあ……」
さと子なら「一生大事にするね?」とか冗談めかしても言ってきそうな気がしたが。私の自意識過剰だったか……。
「そういや、純ちゃんの誕生日はいつなの?」
「私は……4月ですよ」
そう答えた瞬間、さと子が「あっ……」と申し訳なさそうな顔になる。
「な、なんかごめんね? もうとっくに過ぎちゃってたんだね……」
私とさと子が出会ったのは4月だったが、その頃はまだそこまで仲良しとかではなかったため、特に誕生日関連のやり取りなどはしなかったのだ。
別にさと子相手に限った話ではなく、4月生まれはこんな感じでお祝いイベントをスキップされることが多い。私にはもう慣れっこだ。
「いいんだよ別に……。はは」
若干卑屈になりながらで乾いた笑みを漏らす私。そのまま自分の教室へ退場しようかと思ったが、さと子はふいに私の手を後ろから掴んだ。
顔だけで彼女を振り返ると、さと子は子供のような無邪気さでにこっと笑った。
「じゃあさ……。来年の4月に倍お祝いするよ」
その瞬間、私はさと子の瞳から視線が外せなくなる。温かな光に包まれたような錯覚を受けた。
来年も、さと子と一緒に――。
そう考えただけで、自然と頬が緩んでくる。「へへ……」と、自分にはらしくない素直な笑いを漏らした。
「……うん。楽しみにしてる」
「あーい。どーんと任せといてよ!」
さと子がつないできた小さな手を、私はきゅっと握り返した。
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