いたずら大好き、双子の義妹と迎える朝

五平

第1話:深夜の密談

【SE:雨音。窓ガラスをシトシトと優しく叩く音。時折、風がヒュウ、と細く唸る。】

【SE:穏やかな寝息。深く、規則正しい呼吸。】


妹A: (ひそひそ声、極度の小声)…ねぇ、お姉ちゃん。本当にやるの?もう、兄さん完全に寝ちゃったみたいだよ。ベッドの向こうから聞こえるこの寝息、まるで遠くで鳴ってる子守唄みたい。すごく安心する音だね。今日一日頑張ったから、全部許してあげるねって言われてるみたいで、なんだかちょっと、胸がキュンってする。


姉B: (ひそひそ声、少し楽しそうに)でしょ?完全にスイッチオフ。もう、どんな揺さぶりにも応じない岩石だよ、岩石。さっきだって、枕に顔を埋めたときに布団がわずかに動いただけじゃん。あれすらも無反応だった。私たちが見てることも、この部屋にいることも、まったく気づいてない。完璧な眠り姫だね。あ、いや、兄さんだから眠り王子?いや、そもそも王子って寝るの?王子って剣とか持って馬に乗ってるイメージじゃない?寝てる王子って、何してるんだろ。夢の中で姫を救う練習とか?もしそうなら、兄さんのこの寝息は、その開発された寝具が完璧だってことの証明だよね。すごい、兄さんの寝息、もはや特許モノじゃん。


妹A: (ひそひそ声、困惑気味に)……お姉ちゃん、話が逸れすぎだよ。特許とか寝具開発とか、どうでもいいから。それに、兄さんの寝息、子守唄みたいだなんて、さっき私言ったよね?どうしてすぐ人のセリフ、自分のものにするの?


姉B: (くすくす笑いながら)だって、いいこと言うんだもん。いい言葉は共有財産でしょ?ほら、そうしてるうちに、もう怖くなくなってきたでしょ?


妹A: (少し落ち着いて)……まあ、ちょっとだけね。でも、本当にやるの?兄さんの眉毛をペンシルで繋げるんでしょ?これ、絶対怒られるやつだよ。


姉B: (声を潜め、熱っぽく)違う違う。ただ繋げるだけじゃない。もっと芸術的にするんだよ。こう、一本の太い眉毛みたいにするんじゃなくて、兄さんの眉毛をまるで「富士山」みたいに描くの。眉尻を富士山の頂上みたいにシュッとさせて、その下にチークブラシで雲を描いて、極彩色の。で、その雲の下から、日の出みたいに赤い光がバーッと……。あ、やばい。これ、もう顔への落書きの域を超えて、もはやアート作品だ。タイトルは『朝焼けの富士と兄』でどうだろ。


妹A: (小声で、呆れて)いやいや、ペンシルとチークブラシで顔にそんな細かい絵描けるわけないでしょ!それに、朝起きた兄さんがその顔見て喜ぶと思う?絶叫して泣き出すよ!「僕の顔が富士山に!しかも雲まで描かれてる!」って。


姉B: (少し真顔になって)それは……さすがにないでしょ。でも、もし、もしだよ?兄さんがその顔のまま学校に行って、友達に「お前、朝から顔に何つけてんだよ!」って言われたら、どう答えるかな?きっと恥ずかしいから嘘をつくんだよ。たとえば、「ああ、これは最近流行ってる眉毛アートだよ」「海外のセレブがやってるんだ」とか。で、兄さんの友達が「へぇ〜!すげー!」「俺もやってみようかな!」とか言い出して、次の日、学校の男子がみんな眉毛に富士山描いてくる、みたいな……。そしたらさ、兄さんは「流行の最先端を作り出した男」って呼ばれて、モテまくって……


妹A: (完全に呆れて)……そんなわけないでしょ!妄想が暴走しすぎだよ!さっきから話がどんどん変な方向に進んでる。落ち着いてお姉ちゃん!まだ何も始まってないんだから!


姉B: (ハッと我に返って)あ、そうだね。ごめんごめん。ついつい、想像が膨らんじゃって。でも、それくらいワクワクするってことだよ、この作戦。ね、妹ちゃんもそう思うでしょ?それとも、妹ちゃんならどんな風に描きたい?


妹A: (困った顔で)えー……私なら、もっとシンプルに、お星さまとか、ハートとか……。


姉B: (興奮して)それいいじゃん!じゃあ、兄さんの頬に星を、それも夜空みたいにたくさん描いて、真ん中に大きなハートを。題して『兄さんの愛は星空より広大』!


妹A: (あわてて)いや、そんなタイトルはつけてないし!もう、お姉ちゃんのそういうところが……。


姉B: (満足そうに)よし、じゃあ、実行開始!


姉B: (ひそひそ声、さらに声のトーンを上げて)ちょっと待って。待って待って。実行開始はいいんだけどさ、もしペンシルで富士山を描いたら、もうそれって眉毛の落書きじゃないよね?一種の……いや、これは歴史的偉業じゃない?


妹A: (きょとんとして)歴史的偉業……?


姉B: そうだよ。だって、考えてみてよ。眉毛っていう、ただの毛の集合体に、日本を代表する山を描くんだよ?これ、もはや眉毛界の革命だよ。教科書に載るレベル。「安土桃山時代、信長が天下統一を目指した。一方、令和の時代、私たちは兄さんの眉毛で眉毛界の統一を試みた」って。


妹A: (ツッコミ)いやいや、比較対象がおかしいでしょ!信長と兄さんの眉毛を一緒にするのはやめて!


姉B: (止まらない)いや、一緒だよ。どっちも何かを変えようとしてるんだから。ねぇ、妹ちゃん。もし、眉毛じゃなくて、顔全体を使ったらどうなると思う?例えば、兄さんを歌舞伎役者みたいに描くとか。隈取(くまどり)だよ、隈取。


妹A: (少し乗り気になって)うーん……歌舞伎……。でも、隈取って色とか決まってるんでしょ?赤とか青とか。


姉B: (さらに声を潜めて)そう。だから、そこはアレンジして、兄さんオリジナルの隈取を考えようよ。たとえば、青い隈取は正義のヒーロー、赤い隈取は勇気を示すって言われてるから、両方混ぜて、「正義と勇気の歌舞伎眉毛ヒーロー」とか。


妹A: (妄想に拍車がかかり)それなら、いっそのことドラえもんにしたらどうかな?ほら、丸い顔で、ほっぺたにヒゲを描いて……。


姉B: (同時に、全く別の妄想を始める)いや、それよりも歴史偉人シリーズはどう?兄さん、歴史好きじゃん。織田信長とか、坂本龍馬とか、顔に描いたら、兄さん自身がその偉人になった気分になってくれるかも!


妹A: (姉の妄想にかぶせて)ドラえもんだって、すごくない?もし、兄さんがドラえもんになったら、ポケットから何を出してくれるかな?私は「お兄ちゃんに怒られない道具」が欲しい!


姉B: (妹の声を無視して)信長だよ!信長!眉毛を太く、キリッとさせて、あの特徴的なヒゲを口元に……


妹A: (姉の声にかぶせて)ドラえもん!ドラえもんが一番!


姉B: (怒ったように、ひそひそ声で)ちょっと待って、妹ちゃん!私の話も聞いてよ!


妹A: (同じように怒って)お姉ちゃんこそ!私にだけ話させてくれないじゃん!


【SE:二人のひそひそ声が激しく、早口になる。二つの声が重なり合い、何を言っているのか聞き取れない。】


姉B: (一瞬の間)……あ、ごめん。ちょっとやりすぎた。


妹A: (同じタイミングで)……ごめん、お姉ちゃん。


【SE:二人が同時に謝り、ふふ、と笑いをこらえあう。】


姉B: (仕切り直し)じゃあ、仕切り直して。最終決定。眉毛を繋げる。これはこれでシンプルで面白いもんね。


妹A: (納得したように)うん、そうする。


姉B: (ひそひそ声、もう一度熱っぽく)じゃあ、そのための道具。このペンシルは、ただの文房具じゃない。これは兄さんの眠りに立ち向かうための聖なる剣(エクスカリバー)だ。兄さんの眠りという名の魔物を倒すための、唯一の武器。


妹A: (クスッと笑いながら)……お姉ちゃん、そういうとこ、ほんと面白いね。


姉B: (満足そうに)よし、じゃあ、実行開始!


【SE:二人のひそひそ声が再び遠ざかる。】

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