4
不死者の古城の屋上。
錆びついた扉を開けて足を踏み入れると、そこは庭園となっていた。
庭園と言っても荒れ放題で、植えられた薔薇や、名前の知らない植物の蔦が、屋上中を自由に伸びている。
しかも奇妙なことに、それらは枯れていない。薔薇なんて、見たことのない濃い青色の花を咲かせていた。
古城には何度か来たことがあったが、屋上に入ったのは初めてだったので、ルグランは「へぇ……」と軽く目を見張る。
「水がないのによく無事だなぁ」
「これも
「マジかよ」
「マジでございます。ただ、危険性はございません。枯れないだけでございます」
シャーリーは真顔で教えてくれた。
(マジって言うんだな……)
内容も衝撃的だったが、同じくらいシャーリーの言葉遣いも意外だった。
何だか面白くなって、ルグランが小さく笑っていると、さあっ、と風が吹き木々を揺らした。
――その風の音に紛れて、カタ、と軽い音が耳に届く。
ルグランはスッと目を細め、背中のクレイモアを抜いた。
「ルグランさん?」
「レイチェル。演奏をするなら、すぐに始めた方が良い。来るぞ」
そう言った直後、薔薇の影からスッと、品の良い黒色のコートを纏ったスケルトンが現れた。
古城で遭遇したスケルトンたちとは、明らかに雰囲気が違う。
ルグランは警戒しながら前へ出た。
スケルトンは紫色の魔石のついた杖を掲げる。
魔石がチカッ、と光ると同時に、スケルトンは何かを叫んだ。
『――――ッ!』
空気がビリッと震える。
声帯のない魔物のため、何を言っているかは聞こえない。けれども魔術を使おうとしているのは分かった。
ルグランはクレイモアを構え、地を蹴り、スケルトンに向かって跳躍する。
一瞬でスケルトンの前へ移動したルグランは、クレイモアを横に薙いだ。
ほぼ同時に杖から魔術が放たれる。無数の氷の矢だ。杖を中心に現れた氷の矢は、至近距離からルグランを狙う。
ガシャン、と音を立てて、クレイモアに氷の矢がぶつかり、粉々に砕け散った。
破片が、太陽に日差しに照らされてキラキラと煌めきながら落ちていく。
(魔術を使うスケルトンは、ここじゃ他にはいなかったな)
城主が
数歩後ろに下がったルグランは、スケルトンの様子を見ながら「なるほどな」とつぶやいた。
その時、ヴァイオリンの音色が聞こえ始めた。
レイチェルだ。
彼女はヴァイオリンを構え、目を閉じて、音楽を奏でている。
優しい音色だ。
死者の死を悼み、悲しみに寄り添い、そして安らかに空へ昇れるようにと願いが込められているかのようだ。
演奏を続けるにつれて、レイチェルの周りに小さな光の粒子が現れ始める。
それは浄化の光だった。
音色に合わせ、光がふわりふわりと、スケルトンの方へ飛んでくる。
『…………』
つい先ほどまで敵意を露わにしていたスケルトンの動きが、ぴたりと止まった。
杖を持った手がだらんと下がる。先端の魔石が床にあたり、カツン、と音が鳴った。
そのささやかな音を、レイチェルのヴァイオリンの音色が拾う。奏でられ続ける鎮魂歌は、周囲から聞こえてくる音に合わせて、その形を変化させた。
まるで、空間そのものが一つの音楽のように――。
『アァ……』
スケルトンの口から音が漏れた。
吃驚して、ルグランがスケルトンを見ると、彼はがくりとその場に膝をついて、骨の手で顔を覆っている。泣いているかのようだ。
『アタタカイ……ヨウヤク……ノボレル……』
――声だ。
スケルトンから、紛れもない声が聞こえてくる。
「話せる……のか?」
「レイチェル様の演奏のおかげでございます」
ルグランの呆然としたつぶやきに、いつの間にか隣にやって来ていたシャーリーが答えた。
「演奏?」
「はい。レイチェル様の演奏には、浄化の力がございます。そして浄化の力は魔力で出来ているもの。
シャーリーはスケルトンをじっと見つめている。その目には羨望のような感情が交ざっているようにルグランには感じられた。
「…………」
何か言うべきか――一瞬そう考えたが、ルグランは口を閉じた。
土足で踏み込んで良いものではないと思ったからだ。
それから、ルグランもスケルトンの方へ目を向けた。
レイチェルの演奏に導かれ、浄化の光がスケルトンの体を覆う。すると、だんだんとその体が、外側から薄くなり始めた。
「…………!」
ルグランは思わず息を飲んだ。
不死者の古城に何度か同行して、精霊教会の浄化も見ているが、
『……アア……アリガ、トウ……』
スケルトンは最後にレイチェルを見てそう言うと、空気に溶けるように、すう、と消え、その体を覆っていた光はキラキラと煌めき、空へと昇って行った。
何となく、それを目で追っていると、レイチェルの演奏は終わった。
彼女は、ふう、と息を吐くと、ヴァイオリンを肩から下ろす。
「何とかなって良かったぁ……」
「お疲れさん。すごかったよ」
「はい。とても素晴らしい演奏でございました」
「あはは、ありがと~。今日のために頑張って練習したんですよ~」
レイチェルは笑って空を見上げた。すっきりとした表情をしている。
「レイチェル様は、どうして城主様を浄化しようとお考えになったのですか?」
すると、シャーリーがそんな質問をした。
ルグランの知る彼女はほとんどの場合、訊かれたことに対して答える風だった。ルグランが問いかけられたのも一度くらいだった気がする。
だから珍しいなと思っていると、
「実は私、ここの城主様の遠縁なんです」
レイチェルははにかみながら答えた。
「あっ、遠縁と言っても本当に遠いんですよ。親戚の親戚の親戚って言うか、うっすら血が繋がってますよ~みたいな感じ! ほぼ他人!」
「お、おお。そんなに否定しなくても大丈夫だぞ」
勢いよく首と手を横に振るレイチェルを、ルグランはやんわりと止める。
やけに必死なその様子に、この話で何かあったのだなということは想像出来た。
「え、えへへ……。……城主様の話、ちっちゃい頃からよく聞いていたんです。でもね、家族から聞いた話と、他の人から聞いた話は、どれも全然違くって」
「違う?」
「はい。他の人は、奥様を蘇らせようと
レイチェルは胸に手を当てて、少し目を伏せた。
その話はルグランも知っている。
周囲の人間を巻き込み、死んだ後も決して朽ちない
ただ、その話は少しばかり、冒険者の間で聞く話とは違う。
「無関係な奴というか、古城の宝を狙った盗人だな。ここのスケルトンは確かに厄介だったが、城から外へ出て来たことはなかった。だから中へ入って襲われたのは自業自得さ。たまに何も知らずに城へ入っちまう奴がいるから、精霊教会が浄化をしているだけで、それさえしなければ危険じゃない場所だよ」
ルグランがそう話すと、レイチェルは目をぱちぱちと瞬いた。それから、ふにゃり、と安心したように表情を緩める。
「そっかぁ、えへへ……。そう思ってくれている人もいるんですね。嬉しいなぁ……」
彼女は頬を指でかいた後、
「家族から聞いた話は、領主様も城の人たちも、納得してああなったって話なんです」
と続けた。
「ふむ?」
「なるほど……皆様、奥様を助けたかったのでございますね」
「うん。……だけど、色んな話を聞いて、調べて、本当は何が正しかったんだろうって、分からなくなっちゃいましてね。だから私、自分が信じたいことを、信じようと思ったんです」
レイチェルはヴァイオリンへ目を向ける。そして、それを再び構えて短く弾いた。キィ、と澄んだ音色が響く。
「私が信じようと思ったのは、城主様と城の皆が、奥様に生き返ってほしかった。愚かなことだと他人は笑うけれど、それでも純粋にそう思っていた。――そう信じようと思ったんです」
しっかりとした声でレイチェルは言う。その目には強い光が灯っていた。
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