不死者の道案内
石動なつめ
冒険者の依頼人
1
「私はルグラン様を最初から最後まで、ルグラン様の行きたい場所へお連れします。……ですから、どうか。――どうか、歩みを止めないでください。苦しくても、辛くても、どうか前へ進んでください」
その少女はそう言って、ルグランに頭を下げた。
(――ああ)
ルグランは、彼女の顔を見上げながら、心の中でつぶやく。
そういうことだったのか、と。
* * *
どんな場所でも、絶対に逃げ出さず、完璧な道案内をしてくれる者がいるらしい。
ただし、条件が一つある。
その依頼は必ず
そんな話を聞いたルグランは、言われた通り、ギルドマスターから連絡を取ってもらった。
数日後、都合がついたと言われ、指定された場所へ向かうと、そこには白いワンピース姿の、小柄な少女が待っていた。
(……おいおい、まさか、本当にこの子なのか?)
歳は、十代後半くらい。
日に焼けていないような青白い肌に、長い白髪。
そして青い瞳と、まるで人形のように美しい少女だった。
(この子が絶対に逃げない案内人だって?)
その姿を見た時に、ルグランは冗談だろうと思った。
だって、あまりにも予想と違ったからだ。
絶対に逃げ出さないなんて謳い文句があるものだから、もっと屈強な人物を想像していた。
しかし目の前に現れたのは、想像とはまったく違う華奢な少女だ。
ルグランが唖然としていると、
「ご依頼主のルグラン様ですね。初めまして、私はシャーリーと申します」
少女は鈴を転がすような声で挨拶してくれた。
椅子に座って、深々と頭を下げるシャーリーに、ルグランは、ハッと我に返る。
(いかんいかん)
そして軽く首を横に振ると、自分も同じように挨拶を返す。
「初めまして、ルグランだ。ぼうっとして、すまなかった」
「お気になさらないでください。皆様、同じ反応をなさいますから」
シャーリーはにこりともせずそう答えた。
愛想はない。けれども不思議と嫌な気持ちになることもなかった。
彼女の声から嫌味や皮肉を感じなかったからだろう。
ルグランは指で頬をかいて、シャーリーの向かいの席へ腰を下ろす。
「念のため確認させてくれ。あんたが、本当にどんな場所でも案内してくれる案内人かい?」
「はい」
「逃げ出さず最後まで、きっちりと仕事をしてくれるんだよな?」
「その通りでございます。冒険者ギルドのギルドマスター様に誓って、責任をもって最後までご案内させていただきます」
ルグランの言葉に、シャーリーは淡々とそう返してきた。
(……本当だろうな?)
人を見た目で判断してはならないと言われているが、それにしても目の前の少女を見て、不安な気持ちを感じてしまう。
なにせルグランが道案内を頼もうとしているのは、行くと話せば付き合いの長い冒険者仲間からも難色を示されるくらい、危険な場所なのだ。
それを、こんな子供が最後まで案内出来るとは思えない。
「私に不安を抱いてらっしゃるのでしたら、今回のお話はなかったことにしていただいて構いません。もちろん仲介料もお返しいただけるように、ギルドマスターへは私からお話させていただきますので、ご安心くださいませ」
ルグランが沈黙していると、シャーリーはそんなことを言い出した。
思っていることを見透かされて、ルグランは慌てて首を横に振る。
「いやっ、いや、悪かった。あまりにも予想外で、お前さんがその……子供だったものだから、驚いてしまってな。気を悪くさせて申し訳なかった」
「子供……」
するとシャーリーはこてりと首を傾げる。
「私、こう見えて二百は越えておりますが……」
「は――」
ルグランの目が点になった。シャーリーは真顔だ。
ルグランはポカンとして、ややあって、ふは、と噴き出すように笑い出す。
「はは、ははは! お嬢さん、澄ました顔をしていると思ったが、そんな冗談も言えるんだなぁ!」
「いえ、冗談では」
「分かった、分かった。悪かった。本音を言えば、まだ少し不安はあるが、仕事はちゃんとしてくれるんだよな?」
ルグランが確認すると、シャーリーはこくりと頷く。
「もちろんでございます。最初から最後まで、きちんとご案内すること。それが私の仕事でございます。……それから、これだけはご理解いただきたいのですが、私は道案内以外はいたしません。戦闘のサポートも、目的地までの道でアクシデントが起きたとしても、私は助けることはできません」
「ああ、分かっている。ギルドマスターからもそう聞いているからな。それじゃあ、あんたに道案内を頼みたいんだが……俺が行きたい場所は死者の谷。そこの一番奥だ。そこまで案内を頼めるかい?」
シャーリーの目を真っ直ぐに見つめて、ルグランは目的地を告げる。
目的地については、事前にギルドマスターへ伝えてあるが、どこまでとは話していない。その方が、相手が断りやすいと思ったのだ。
ルグランが向かうのは危険な場所だ。その、最も危険な場所まで行きたいと告げた時に、動揺する相手であれば、同行させない方が安全だと考えたからである。
(さあ、どう反応する?)
じっと、相手を見つめていると、シャーリーは顔色一つ変えずに、
「承知いたしました」
と実にシンプルな言葉で、ルグランの依頼を引き受けてくれたのだった。
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