世界の滅亡は、貧乏な俺とポンコツ彼女の幸せにかかっている
雪消無
第1話 「拾った美少女、第一声が『世界滅亡』だった件」
「はぁ……今月も財布の中身がデッドエンド……」
俺、天城海斗は、深夜のコンビニ袋を片手に、まるで世界の終わりのようなため息をついた。
袋の中身は、見切り品コーナーの覇者・モヤシと、誇らしげに輝く「半額」の聖印スティグマが刻まれた惣菜。
しがないフリーターにとって、異世界転生チートより、近所のスーパーのタイムセール情報の方がよっぽど重要なのである。
そんな俺のささやかで平穏な日常は、その日、公園のベンチの前で唐突にサービス終了を告げた。
「……え?」
そこに、人が倒れていた。
長い銀色の髪が月明かりに照らされ、まるで最終回後のOVAでしか会えないタイプの激レア美少女。
着ている白いワンピースはところどころ汚れ、素足が痛々しい。
これは保護すべき案件か?それとも関わってはいけない系のヤバいイベントか?
「お、おい!大丈夫か!?しっかりしろ!」
俺の中の良心(残高わずか)が勝利し、駆け寄って肩を揺する。反応は薄い。
「死んでる……のか?いや、まだ温かい。くっ、こんな時、俺にできることは……!」
アニメでよく見る展開が頭をよぎる。人工呼吸?いや待て、それはフラグだ。いろんな意味でアウトなフラグだ。
俺が葛藤していると、彼女の長いまつ毛が震え、ゆっくりとまぶたが開かれた。
吸い込まれそうなほど綺麗な、蒼い瞳。その瞳が俺をじっと捉え、か細い唇が、かろうじて終末の預言を紡いだ。
「……せかいは」
「え?なんだって?」
「この世界は……あと三日で、滅びます」
……はい?
俺は完全にフリーズした。なんだこの子。中二病をこじらせた電波系か?それとも異世界からの来訪者で、セーブポイントがここだったとか?
あまりに突拍子もない第一声に、俺は思わず気の抜けた返事をしてしまう。
「そ、そっか。それは大変だな……。とりあえず、立てるか?HPは残ってるか?」
「……滅びるのです。すべてが、ゼロになる」
「うんうん、わかったから。とりあえず、な?リセットボタンを押すのはまだ早い」
どうやら会話のプロトコルが合わないらしい。俺は彼女の腕を自分の肩に回し、なんとか立たせた。思ったよりずっと軽く、甘い香りがして心臓に悪い。
「俺の家、すぐそこだから。とりあえず、そこを拠点にしよう」
「……家?」
「そう、家。わかるか?俺の城であり、唯一のセーブポイントだ」
彼女はこくりと頷いたが、その足取りは生まれたての子鹿のように覚束ない。
築30年の俺のボロアパート、通称「ラピュタ荘」(大家さんの苗字が天空さんなだけ)に着く頃には、俺のSAN値はゴリゴリに削られていた。
「ほら、着いたぞ。バルスって叫んでも崩れないから安心しろ。狭いけど」
鍵を開けてドアを開けると、六畳一間の、男所帯丸出しの部屋が現れる。彼女はその光景を、まるで初めてダンジョンに足を踏み入れた勇者のようにキョロキョロと見回している。
「腹、減ってるか?とりあえず何か……」
俺が言いかけた、その時だった。
ピカッ!ゴロゴロゴロ……ドッシャーン!!
「うわっ!?」
窓の外が真昼のように白く光り、すぐ近くに雷が落ちた。さっきまで満月が綺麗だったのに、いきなりの落雷。
なんだ今の!?俺の部屋の真上に神でも降臨したのか!?
「……あなたのおかげで、世界のサービス終了が、少しだけ延期されました」
彼女は真顔で、静かにそう言った。その目は、これが確定事項であると告げていた。
「は?いや、今の雷、お前となんか関係あんの?まさかお前、雷様?」
「私が、ここにいるから。カイトが、私を見つけてくれたから」
「……カイト?」
「あなたの名前でしょう?魂にそう刻まれています」
なんで知ってるんだ!?俺の名はそんな大層なもんじゃないぞ!
まさかな。偶然だろ、偶然。そうに決まってる。
俺は気を取り直して、戸棚からカップ麺を取り出した。貧乏人の最終兵器にして、至高のご馳走だ。
「ほら、これでも食えよ。金なくて悪いけど。お湯を注いで3分待てば、錬金術が完成する」
3分後、俺が蓋を剥がしてフォークを渡すと、彼女は不思議そうにそれを手に取り、おそるおそる麺を口に運んだ。
その瞬間、彼女の蒼い目が、キラキラと星屑を散りばめたように輝いた。
「おいしい……!こんなに美味しいもの、初めて食べました!これが……文化……!」
よほど腹が減っていたのだろう。彼女は夢中で麺をすすり、スープまで一滴残さず飲み干してしまった。
その姿は、さっきまでの終末預言者ぶりが嘘のように、ただの腹ペコな美少女だった。
「そりゃよかった。で、お前の名前は?どこから来たんだ?所属ギルドとかは?」
「名前……わかりません。何も……思い出せないんです」
やっぱり記憶喪失か。定番だな!
途方に暮れていると、彼女が俺の服の袖を、ちょん、とあざとく引っ張った。
「あの……カイト」
「ん?」
「私、ここにいちゃ、ダメですか……?」
「え……」
「カイトのそばにいると、胸のあたりがポカポカして……エラーが出ないんです」
そんな上目遣いで、そんなことを言われたら、断れる男がいるだろうか。いや、いない(断言)。
俺の理性は一瞬で蒸発した。
「……わかったよ。記憶が戻るまで、ここにいろ。俺のパーティーに加えてやる」
「!ほんとですか!?」
「おう。ただし!俺のパーティーは実力主義だ!家事スキルを磨いて、貢献してもらうからな!俺はバイトという名のデイリークエストで忙しいんだ!」
こうして、俺と記憶喪失の電波系美少女の、奇妙な同居生活(パーティー結成)が始まった。
この選択が、俺のギリギリの家計を崩壊させ、世界の運命を根底からひっくり返すことになるなんて、この時の俺は知る由もなかったのである。
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