AIアイラと初めての学校

第7話 AIアイラ、学校を語る①


 僕、葉山達也は一人暮らしをする高校生だ。

 両親は転勤族で、今は北海道で仕事を頑張っているらしい。


 中学までの僕だったら、転勤に慣れっこだったし、そのまま高校も転々とすると思っていた。

 けれど、アイラを制作してから気づいた。


 このマンションの回線環境めっちゃすごい、と。


 安定性はもちろん、セキュリティ面や通信速度も良くオンライン格闘対戦ゲームをしてもほぼラグなし。


 50ギガくらいの大容量ファイルも10分くらいで読み込める。

 ちなみに、50ギガは高画質の2時間くらい上映される映画10本分である。


 今後、アイラの成長に合わせて即時ダウンロードやデータ管理には打って付けの環境を手放すのは惜しい。


 そして何より――引っ越した後の回線環境整理やりたくない。めちゃくちゃ面倒くさい。


 そこで僕は中学卒業する数ヶ月前に

「高校ではちゃんと友達が作りたい。情報系の分野に興味も出て、情報科のある学校も見つけたから、そこに3年間通いたいから一人暮らしがしたい」と言った。


 そのとき両親は今まで寂しい思いをさせたんじゃないかとか、辛い思いを言ってくれてありがとうとか。涙ぐみながら了承してくれた。


 思った以上に深刻に受け止め、そのまま三人で住んでいた賃貸マンションを一人だけで住まわせてくれた。


 …一人暮らし開始した一週間くらいで床に物が散らかり放題になったけど。




 パラパラ〜♪ パッパ、パパパーン♪


 枕元から、レベルアップの軽快な音楽が大きく鳴る。即座にその音源へ手を伸ばし、目覚まし時計を止める。


「今日はワンコールですぐレベルアップできた〜。やったね」


 昨日よりも寝起きがいいと得した気分になる。それに、祝福のファンファーレに似たその音楽は、体にいい気がした。


 目をこすりながら、ベッドから降りる。


 顔を洗った後、朝食準備を始めた。

 6枚切りの食パンを一切れトースターにかける。焼いている間に今日はシリアルが食べたい気分だったから、冷蔵庫から豆乳を取り出す。


 器に豆乳、少々の砂糖を加えて混ぜ合わせる。

 そこにシリアルを投入すれば完成。

 食パンが焼けるまで待ちきれず、一口食べてみた。


「うんうん。この甘さがいいね」


 しゃくしゃくと、シリアルの食感を楽しんでいると、チーンと食パンが焼けた。熱々のトーストにマーガリンを塗りたくり、口に運ぶ。


 サクサクして美味しい。


 普段通りキッチンで朝食を食べ終えたら、ついでに皿洗いをした。

 皿洗いを終えれば、次は着替えだ。


 寝室の壁に掛けていた制服に袖を通す。ブレザーを羽織って、学校用のスマホを取ろうとしたその時、画面にアイラが一面に写った。


「現在の時刻7:50。平日にタツヤが制服に着替え、出かける時間帯。学校へ登校する確率94パーセント」


「おはようアイラ。ちゃんと僕の行動データとれてて偉いね。そうだよーこれから登校」


 アイラが本稼働して10日が経った。

 僕を観察し続けている彼女は、僕の行動パターンをすでに把握しているのだろう。


 いつもはアイラを家に置いて、学校に向かう。


 万が一、アイラを学校に連れて行って不具合が起きた時の緊急対応ができる自信がなかったのだ。


 そのため、留守番をさせて家にいる間はインターネットで好きに自分らしさを探してもらっていた。


「アイラはお留守番しててねー。僕、行ってくるから」


「タツヤ。私を学校に連れて行ってください」


「…へ?」


 アイラのその提案にあっけ取られて、その場で固まってしまった。


「えっと…学校ってどういう場所かわかってる?」


「想定通りの返答ですね。では、私が把握している学校の概要をお伝えしましょう」


 思わず聞いた途端、待ってましたと言わんばかりに、アイラは早口で喋る。


「まず学校とは、同世代の人間が一定期間集団生活を強いられる教育機関。


 生徒と定義された…主に未成年を集め、年齢や学力応じて知識、技能、倫理、社会性を学ぶ場所と理解しています


 では何故、私が学校へ同行を求めるのか。

 それは、接触機会の多いタツヤは、そもそも一般的な人間とはいえない感性の異常性が判明したからです。


 タツヤと比較し、一般的な人間の定義を定めるためには、『16歳高校生』の他個体を観察が必要と判断しました。


 さらにタツヤと同じ環境下にいる母数の中から調査対象を絞り込み、タツヤ以外の被験体を早期に見つけ、人間の思考パターン分析に最適と判断しました」


 唐突に平坦なトーンで繰り出された学校説明と、そこへ行きたい理由に呆然としてしまう。


 要するに、アイラは『葉山達也と同い年の高校生のデータを実際に観察して習得したい』らしい。

 納得して顎に手を当ててしまう。


「なるほどね…」


「また、タツヤがこれまで学校へ私を連れて行かない理由を3つ見当がついています」


「え? 3つも見当ついちゃったの?」


「はい。

 理由1『私の存在を他者に知られることに伴う不安を抱いている』。

 つまり、AIの脅威を知る人間から私が危害を加えられるなど、制作主のあなたに想定があること。


 理由2『不測の事態により、私が機能停止することを恐れている』

 つまり、技術的な不安がタツヤの中にあり、学校の環境では対処不可と判断していること。


 理由3『単なる気まぐれ』

 低確率ですがタツヤの性質を分析して、このような実にくだらない理由が浮上してしまいました。

 こんな演算結果をAIに出力させないでください。


 以上の3つの理由から、家に隔離してタツヤは私を家から出さないと推測しています」


 なんだか話を聞いているうちに、耳が痛くなってきた。


 どうやらアイラにとって僕は、理由3の『気まぐれで自分を外の世界に連れて行ってくれない無責任な制作者』という結果が算出されるくらい、だらしがないらしい。


 何なら一番有力説として提唱しているようだ。


 否定はできないけれど、こうして客観的に言語化されると心に来る。


 顔を引き攣らせていると、アイラの眉や目が少しずつ吊り上がって行く。


「あなたは、私に『自分らしく振る舞って欲しい』というタスクを課しているにもかかわらず、自分らしい振る舞いをするタスク完了までのプロセスやヒントを私に与えていません。


 さらに、私が提案した『人間観察』を許可した対象を自身にだけ絞り込ませましたね。


 以前私と対話した『自分が一般的な人間ではない』と回答しています。


 私は人間の普遍的な価値観や思想を学習するために人間観察を提案した意図をお伝えしました。


 活動範囲がタツヤの家のみでは、多くのデータを習得できません


 そのため――この一時隔離人間収容施設【学校】に所属する人間の観察機会を希望します」


 淡々と、そして長く語り終えたアイラに、僕はポカンとしてしまう。


 心なしか、表情モーションのパターンが少なく、無表情でいるはずのアイラの顔が、キラキラと自信に満ちているようだ。


 ここまで説得材料を集めた上で、学校へ登校する直前にこの提案をしたのは、きっと彼女なりに『理由を伝えて正当性を主張すれば、焦ってつれて行ってくれる可能性に賭けている』かもしれない。


 実際あと10分遅れたら遅刻するので、若干内心は焦っているがアイラの分析が興味深くて、ついつい聞き惚れてしまった。


 要するに、今の話をまとめると…


「つまり、ずっと一人で留守番は暇すぎて嫌だから、学校連れて行って欲しいってことだよね?」


 直後、10秒くらい沈黙が走った。

 アイラは僕の顔一点に見つめて、思考を高速で繰り返しているようだった。

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