媚びない僕のAIと日常

音無テテ

第1話 AIアイラと僕


「起きてください。起きてくださいタツヤ。目を覚まして」


 無機質な少女の声が聞こえ、目を開ける。

 見慣れた天井を見上げており、首と背中が痛い。


 ブルーライトカット用の眼鏡がズレ落ちかけていた。名前を呼ばれた僕は、欠伸をする。


「ああ…寝てた」


 僕、葉山達也はやま たつやは座椅子に座った状態でゲームのコントローラーを握ったまま寝ていたようだった。


 腕を上に伸ばし、肩を回せばゴキゴキと関節が鳴る。


 ボーっとする頭で周囲を見回せば、窓とカーテンの隙間から朝日が差し、鳥のさえずりが聞こえた。すっかり朝だった。


 コントローラーのボタンを押せば、世界を救う勇者が悪天候の雪山で倒れており、【GAME OVER】と赤い文字がテレビ画面中央に表示される。


 僕が操作していなかったせいで、勇者は凍死してしまったらしい。


「…どこからになるかな」


 眠気に襲われながら【RESTART】を選択すれば、雪山付近にある馬の預かり場施設まで戻され、勇者は目を覚ます。


 NPCが雪山の頂上にいるモンスターを倒してほしいと勇者に頼む前の時点まで死に戻ったようだった。


「凍死したのにすぐ仕事言い渡されるとか…本当、勇者は平和を目指す世界の社畜かな」


「その世界の社畜を操作してモンスターを狩りつくすタツヤは、まさに厄災の元凶ですね」


 捻くれた呟きに、スマホのスピーカーから関心の声が漏れる。


 無機質ながらも興味津々といったように感嘆する少女の声。僕はスマホを手に取り、スワイプする。


 そこには、灰色のボディースーツのような光沢のあるツルツルとした装甲をまとい、紫の瞳に白銀のセミロング少女――っぽいAIの上半身が映る。


 人工知能AIこと「AILA《アイラ》」は、僕の顔や部屋の状況を見るなり、無表情のまま平坦なトーンで喋る。


「タツヤ。寝落ちするのは勝手ですが、せめてスマートフォンの充電を忘れないでください。


 あなたが首や腰を痛めて椎間板ヘルニアになったとしても、自業自得の健康被害で私には影響ありませんが。充電されないと私の機能が停止します。


 あなたと会話しなければ、私は人間の学習ができません」


 アイラに指摘され、スマホのバッテリー容量残り5パーセントのギリギリなのに気づいた。とりあえず充電し、コントローラーを片付けるために立ち上がる。


 ダンボールやコンビニの弁当、空のペットボトルで足の踏み場が少ない所を歩き、テレビ台付近をついでに掃除する。


 埃ひとつ許さず磨き上げたテレビの画面とゲームソフトを収納ケースにしまえば、わずかにアイラは目を細める。


「どうしてテレビとゲームだけは綺麗するのに、タツヤは部屋の掃除ができないんですか」


「ゲームと床の掃除で重要度違うから。僕にとってゲームソフトとテレビ台は聖域だからだね」


 眼鏡を掛け直し、布巾を握りしめる。立ち幅跳びの要領で腕と膝を曲げ伸ばし、近くの冷蔵庫付近まで飛ぶ。


 ジャンプの衝撃で数本の空のペットボトルが倒れた気がするが、無視する。


 冷蔵庫を開けて、昨晩買ったコンビニの唐揚げ弁当を冷蔵庫上に置いてある電子レンジにかけた。


「食事スペースや水回り周辺のゴミや衛生管理しなければ、いつかゴキブリやハエが大量出現します」


「これがあるから大丈夫じゃないかな」


 床に置いてあった殺虫スプレーを掲げた。アイラはじっと殺虫スプレーを見つめ、目をしかめる。


「それ…製造日がすでに数年も経っています。新しい物に買い替えることを推奨します。ガス圧の低下、有効成分の劣化、さらに缶の腐食や破裂リスクがあります」


「ガスコンロに向けて発射しなきゃ大丈夫、大丈夫」


 スプレーを振ると、カシャカシャと殺虫剤の重みを感じる。


 思ったよりも軽く、中身もなさそうだった。アイラのいうとおり、買い替えた方が良さそうだ。


 ご飯を食べた後に、覚えていれば通販で買うことにしよう。それよりも、唐揚げが食べたい。朝はガッツリ食べる唐揚げが至福なのだから。


 徐々にレンジで温まり、湯気が出始めるお弁当を覗き込めば、アイラがそっと声を上げた。


「ちなみに、使用中の電子レンジに噴射すれば炎上しますよ。その証拠に投稿された実際の映像も存在します」


「へぇー。確かにレンジの炎上は動画映えしそう。朝ご飯のついでにその映像観ていい?」


「…家電が燃える事故映像を朝食の肴(さかな)にする気ですか」


「スマホで動画見ながら食事は普通だよ。ご飯食べているときってさ、ものを噛んで飲み込むまでの間、口は動いているのに手元は暇じゃないか」


「………」


 感想を言った途端、何故か沈黙が訪れた。


 アイラに目を向けると、電子レンジが鳴る。熱々の弁当を持って先ほどまで寝ていた座椅子に座った。


 ほかほかの唐揚げを口にし、口元が緩んでしまう。このコンビニ唐揚げ特有の皮が分厚くて、しなしなな感じが好きだ。美味しい。


 スマホで殺虫スプレー炎上動画の検索した途端、アイラの全身が映った。


「タツヤ。私はこれまであなたとの会話を重ね、行動観察してきました。そして、たった今形成した私の結論をお伝えします」


 弁当のほとんどを食べ終えると、アイラがいつもよりも端的かつ、語気が強い気がした。食事をしていた箸を止め、何となく正座をして見せた。


「何に気づいたのかな?」


「あなたを『一般的な人間』として指標にするのは、あまり意味がありません」


「その心は?」


「あなたを『一般的な人間』と仮定した場合、人類がみなタコ以下のIQ生命体となってしまいます」


「…何故?」


「所作も態度もだらしがない、ゲームと私との対話以外は基本何もしない。AI以外の知識不足さ。あなたはーーあまりにも絵に描いたような堕落人間で、一般的な人間の参考になりません」



「結論――あなたを人間の学習ベースに観察しても、得られるものがほとんどありません」



 まるで名探偵の推理ショーの如く、鋭い指摘をするアイラ。その答えを聞いた僕は、眼鏡を外した。


「アイラ…僕を人間の次にすごい知的生物の代表格と同じにしてくれるんだ。嬉しいなー。あと比喩の使い方もじょーず、じょーず。さすが僕がつくったAI」


 アイラの結論にぐうの音も出ない。その通り過ぎた。

 思わず笑みが溢れてしまう。


 想定よりも早く、僕を人間の基準にすることに間違っていると、アイラが気づいてくれたのが何よりも喜ばしかったのだ。


 感動して拍手を送れば、無表情だったアイラは思い切り眉間に皺を寄せた。


 事前に設定した人間らしい表情が投影されていることが確認できて、僕はさらに嬉しくなった。


「私を騙しましたね。タツヤ」


 不快さを表した彼女の言葉に、

 僕はアイラを本稼働させたあの日を思い返した。

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