第7話 欺騙信号(3)
メリッサは南部の田舎町で育った子だった。
幼い頃から地元のミッションスクールへ通い、そこそこ裕福な家の娘だったが、ある日、趣味の深夜放送を聞いていたことから、事情は一変した。
流れた少女の便りには、学校の辛い日々、ネットでの誹謗中傷、誰にも言えずに追い詰められてゆく心情が生々しく語られていた。
ネットではなくラジオへの投稿は聞くものが少ないからという安心からだったのだが、パーソナリティはその子の学校を“学園”と読み間違えてしまった。
田舎町、南部での学園は一校しかなく、聞くものが聞けば誰かがわかってしまう内容だった。勿論、メリッサもその子が誰かの見当がついた。別のクラスの子だった。
翌朝、メリッサはその子の家を訪れ、“今日は学校を休んだ方がいい”と助言し、学校の様子を見に登校した。
幸い、放送に気付いた者もいなく、安堵したメリッサはその日の帰りにその子の家を訪問した。
だがそのとき、その子は、自らの命を絶ってしまっていたのだった。
「これ以上、耐えられない」という言葉を残して──。
それから間もなくして、メリッサは進学先を変え、学校を去った。
誰かの痛みに気づいても、手を伸ばせない自分が悔しかった。
そして彼女は、自らの意思でこのミリタリー学園への進学を選んだ。
強くなるために。
誰かを守れる自分になるために。
二度と、大切なものを失わないために──。
「“優しいだけじゃ、守れない”って、そう痛感したのよね。あの子」
サンドラのは最後にそう語った。
『間に合わなかったら……取り返せないんだよ』
ローには彼女の言葉が沁みた。
「だけどその放送、どこから流れてるんだろう」
タウのその言葉にローは我に返った。
するとサンドラが、ジロっと視線を向けてきた。
「はいはい。出ていきます」
タウはそう言って、ローの腕を引いて部屋を出て行った。廊下に出るとタウが、
「FM放送か……。送信機とアンテナが必要だな。受信が女子寮なら、その方向で基地局は割り出せそうだ」
と、独り言のように言った。
「え……。そうなのか?」
驚くローにタウが付け加えた。
「あれ、メリッサから聞いてないのか? 多分今ごろ、どこ辺から放送されたかくらいは割り出してると思うぜ」
ローは再びメリッサの言葉を思い出した。
『じゃあなに? 俺にSPでもしろって言うのか?』『そう』
「あいつ、もう突き止めたのかもしれない……」
ローは嫌な予感しかしなかった。
◇
その夜、“発報”は突然鳴った。
「はい、アルファ」
深夜、“生徒会”からの着信だった。
皆はそれだけで、ただごとではないと察せられた。
ローが起き上がる頃には隣のベッドで、アルがすでに起き上がり、スピーカーへと切り替えていた。
『メリッサが旧校舎に入った! 多分、通信室。あなたたちもすぐに行って!』
通信越しの声はサンドラだった。
「皆起きて。メリッサが旧校舎の通信室へ向かったらしい」
アルが声を掛けた時には、ローたちもすでに着替え始めていた。
「旧校舎は、一般生徒には完全立入禁止。見つかれば、下手をすれば懲罰対象だ」
ローがブレザーに腕を通しながら静かに呟いた。それを聞いたタウがアルに質問を投げかけた。
「でも、あのエリア。俺たちのIDじゃ入れないはずだろ?」
アルは特別ロッカーを開け、生徒会服を取り出しながら答えた。
「今晩、宿直代わってたんだよ、あの子」
アルの答えを聞きながら、着替えの終わったシグマが確認した。
「夜間の校内確認を行う当番、今日はあの子だったんだ」
「じゃあ今夜は彼女のIDは、フリー(出入自由)扱いってことか」
ファイが納得しながらシグマとともに先に部屋を出た。
(メリッサはそれを利用して旧校舎に入ったというわけか)
ローは内心呟きながら、彼らの後を追った。
「“統治の生徒会”、恐るべしだな。監視・記録の監査権で生徒がどこにいるかも把握済みってことか?」
ぼやくタウにアルが付け加えた。
「そう言うなよ。お前らのIDも、今頃サンドラがフリーに切り替えてるはずさ。とにかく急ごう」
アルに続き、四人も寮の玄関から外へ出たが、彼の言う通り警報はならなかった。
皆の後を追いながら、ローの心の中には別の疑問が生まれていた。
(あの謎のFM信号……まさか、あの発信場所が旧校舎だっていうのか?)
確信に近い直感だった。
ただの規則違反なら、連れ戻して説教すればいい。
だが、“生徒会”からの要請で出動するとなれば、それはもう、個人の問題では済まされなかった。
「いったい何だっていうんだよ……」
小さく吐き捨てるように呟いた言葉は、夜風に紛れて消えた。
旧校舎の通信室へ――無言の足音だけが、静まり返った夜を打っていた。
◇
屋上への扉は普段なら鍵がかかっているはずだったが、その夜は静かに開いていた。
“カチリ”
錆びた金属音と共に、ドアノブがほんのわずかに動いた。
「……開いてる?」
メリッサは小さく息を飲み、受信機の片手に、扉に手をかけた。
重い鉄の扉が軋みながら押し開かれていった。
頬を撫でる冷たい風のなかで、なぜか空気が張りつめているのを感じた。
「やっぱり……ここだ」
無線受信機は、ここに来て明確に反応していた。
信号の強さは最大を示しノイズがほとんど出ていなかった。
つまりここが、発信源に最も近い場所だと、メリッサは確信した。
目の前には、使われなくなった、360度ガラス張りの古い無線室の塔がそびえていた。
かつてこの学園が、外部との連絡や緊急時の連絡手段として設けた実習用の施設だった。
屋上の四方に立つアンテナの鉄骨はところどころ錆び、赤い航空灯は今も点灯しているが、もう何年も使われていないはずだった。
だが、北側のアンテナの根元、金網のフェンスに囲まれた小さな電源ボックスが、かすかに光っていた。
「……通電してる?」
メリッサは、膝をついてその蓋を開けた。
そこには、明らかに動作中の古い送信機器が鎮座していた。
「誰が……これを?」
機器は明らかに最近整備されていた。埃が払われ、配線も新しかった。
何者かがこの設備を、再起動していた。
メリッサはぞくりと背筋を震わせた。
これは偶然ではない。明確な意図を持った行為だ。
再び顔をあげ、塔のまわりを周りをゆっくりと歩き、中の様子を確認した。下から殆ど気付かないが、確かに一部の明るさが窓に反射していた。
「……誰かいる?」
そう感じたメリッサは静かに近づき、塔へ登るための階段の扉をゆっくりと押し開けた。
通信室へ続く1本の階段だけが、目の前にあらわれた。
その瞬間、受信機が一度、大きくノイズを吐き出した。
ジジ……ジジジ……ッ……
モールス信号とは異なる、不規則な高周波の音。
異常発信――誰かが遠隔でアクセスしてきたのか? それとも自動反応……?
ドキリと胸が鳴り、メリッサは思わず受信機を強く握りしめた。
メリッサは目を細め、音の発信源を探すように辺りを見渡した。音はまるで、空気を裂いていくようだった。
同時に階段上の、通信室への入り口の扉が勢いよく開いた。
目を上げると、入り口から出てきた数人の男たちが、彼女に気づいた。
「……誰……なの? 貴方たち」
声に出したとたん、胸の奥で警報が鳴った。
鉢合わせだった。
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