幼女は異世界に侵食された現代で無双する
安威ソウジ
襲来
第1話崩壊と記憶
その時世界が無数の孔を空けられた。
「おしろつくったら、まま、しゃめとってー!」
「はいはい、いいわよ」
穏やかに笑った母の後ろに、大きな穴が開くのを見て、思わず悠里は手を離して後退った。それが悠里の命を救う事になる。
「悠里?」
怪訝な顔をした母の後ろの穴からはぬらりとした大きな口が開いており、バツン!という音と共に母の上半身は消えた。その下半身も直ぐに大きな口の中へと消えていく。
咀嚼するその口から悠里はただ、なんとか気づかれないようそっと離れる事しか出来ない。ママ!と
騎士。 戦士。 異能。 勇者。 テリミナ王国。 ユーリ第2隊隊長。 異形は世界を喰らう。 私は――。
意識を失い掛けた頭を振り、酷い頭痛の中、小さな手を
「――こい」
ギュルっと光が収束し、3mはあろうかという巨大なブレードの形を作る。重さは無い。私はそれを無造作に異形に向かって振るった。ややあってズシンと両断された異形がその場に倒れる。まだだ。こいつらは核を破壊しなければ再生する。心臓部を一突き、異形の姿はもろもろとその姿を崩した。ブレードを維持できずに光は霧散する。
穴は広がり続け、この世界を侵食していく。この平和な世界は
考える間にも、意識は
「幼子を保護した!誰か保護区域に――」
そこで私の意識はふつりと途絶えた。
目が醒めたと思ったら地獄のような有様だった。手や足を食われた人、重症を負った人が其処かしこに寝かされ、見た事もない武装をした人々――中には獣の耳が生えている者も居る――が、出入り口などを警備している。呻き声が辺りを満たし、何か―ああ、あれは癒しの魔法だ。手が足りていないのか、運び込まれる負傷者が多いのか、癒しを施す神官の疲労が顔に出ている。
半身を血に染めた女性が膝立ちになって呆然としている。あれは隣のおばさんだ。
「おばちゃ…」
声を掛けた瞬間、隣のおばさんは奇声に近い
「目の前で家族が全て食われたのよ。もう、正気ではないわ」
そう言ったおばさんの瞳も暗く、その片頬が食い千切られている。血止めだけは施されているようだ。
「お嬢ちゃんは…家族は…」
父と兄はどうなっただろう。何処かで保護されているのか、それとも食われたのだろうか。
「おかーさんは……たべられて…」
形見となったしまった血のついたくまのスコップ。大事にそれを胸に抱える。
「あ、…ああ、ああああ、ごめん、ごめんよ、そうだね、こんな時だもの、痛みのない者なんてほぼ居ないわね」
「いえ……」
俯き、ぽろ、と涙が落ちる。
ああ、悲しむ余裕がなかった。大事に大事に私を育ててくれていた母は、行き成りの
一度涙が落ちるとぽたぽたと涙が床に落ちていく。うぐ、ひっく、と嗚咽が漏れた。
泣いて良い。これは母を悼む涙だ。母を慕った分だけ流していいのだ。ぼろぼろ泣いて、袖口で涙を拭いていると、ぼふっと大きいタオルを顔に当てられ、ひょいと抱き上げられた。あやす様に揺らされる。
そっとタオルの隙間から見える顔には大きな傷と虎の耳。こちらの人だ。強面の彼は、タオルの間から私が見ているのに気付いて少し慌てた様子だった。多分子供には泣かれると思っているのだろう。
それくらい強面で且つ覇気がある。しかし、目の前にもふもふの虎耳なのである。流れていた涙も止まり、そっと耳に手を触れた。
触れるとぴこぴこと動く。可愛い。にこっと笑顔に変わったのに気付いたのか、大柄な男は虎の耳を好きに触らせてくれた。ふかふか。ぴこぴこ。ふかふか。ぴこぴこ。
我慢出来なくてもふもふに頬ずりする。ふわふわでふかふかだ!
「もうすぐ癒しや清浄魔法をしてくれるお姉さんが来てくれるからな、我慢だぞ。…賢い子だな」
男はシェラドと名乗った。私もユーリと名乗り返す。
「ユーリか。良い名だ。過去の勇者と同じ名前だ」
にっと男臭い笑みを浮かべて男は相好を崩す。
――それは私の前世だ。かつて勇者と呼ばれた。そして今でもその証である光の剣は呼びかけに応えてくれた。ならば私だとて闘うべきではないのだろうか。
この、小さな体で上手く闘えるかは解らないが。3マンセルや2マンセルで闘えるならばそれなりに役に立てる気がした。
「ひ…こ…この世界の…人…?ですか…?」
保護をされたとはいえ、まだ元の世界の人達はこの世界の人々を信用しきれて居ないようだった。周りの人々が少し間を空けてざわざわと騒めきが生まれる。実際、何故助けてくれているのか解らないといった様子だ。
ただ、本気で助けてくれようとしているのは感じられるし、私個人としては信用できる。何故なら――前世の私はこっちの世界の勇者だったからだ。
この
今回は未曾有の
「そうだ。貴方達の世界には、今まであの
自衛隊の方々は居た。ただ、広範囲に亘って
「緑の…なんかブチ模様の服を着た連中は闘っていたようだが、『ネンリョウ』や『ダンガン』が尽きたと言ってからは、被害者を牽引する以外にはマトモな戦闘も出来ていないようだ。止めたのだが、『チュウトンチ』とやらに物資を取りに行ったようだが…一応戦士を5名つけて置いたが、大丈夫だろうか」
その言葉には、この緊急時に、役立つかも解らない事へ大事な人員を裂いて危ない目に合わせる事への苛立ちが含まれている。
どちらの言い分も解る。だが、供給は断たれたに近い。早晩自衛隊員はきっと戦士へと変わる為の訓練を始めることだろう。だが、自衛隊員の持つ生存術などがこちらに浸透するのは悪くないとも思う。
だが先ずは、駐屯地から生きて帰って来る事が大事だ。今回ほどの密度で
現地の人と馴染む間があるくらい、ガソリンや航空機燃料、各種弾丸・砲丸、予備のライフルや銃弾などが持ち帰られればいいのだが。
今回の大天災で避難所は大きく6箇所に分けられ、それぞれ10のシェルターのようなものがある。この中には
「あ・ああ…いえ、あの、助けて頂いてありがとうございます…!あの…家族…家族の安否はいつになったら解るでしょうか」
「今はまだ襲撃の頻度が高く、シェルター同士の連絡が取れない。一段落付くまでは約束出来ない。一人でも多く救えるよう手は尽くしている」
厚かましい言葉ではあったが、家族の安否が気になる気持ちは解るのだろう。シェラドさんはゆっくりと私を床に降ろしながら答える。
こちらにはダンジョンというものもあるが、ダンジョンは定着した
今回は異例な事に、殆どの
ぴくり、とシェラドさんの虎耳が動く。ぐっと発達した犬歯がむき出しになる。周りの人は悲鳴を上げて
「シェルター付近にいくつか
踵を返すシェラドさんの尻尾をぎゅうっと握った。びくっとシェラドさんの体が震える。
「お嬢ちゃん…」
情けない顔で私を見つめる。
「わたしもたたかう!」
「お嬢ちゃん、気持ちだけは嬉しいよ。でも…」
「――こい!」
3m程もある光の刃が形成される。シェラドさんは目を瞠る。
「勇者……」
「ゆうしゃユーリのうまれかわり、ユーリ・ソーカです。てつだわせてください」
シェラドさんは見定めるように私を見て、目を
「使い物にならなければ直ぐにシェルターに放り込むぞ」
「あなたと2マンセルならこなしてみせます」
「解った。急ぐぞ」
シェラドさんは私を肩に乗せ、走り出した。光の剣を出せるのは1度にそう長くない。上手く細切れに発動しなおして数をこなさなければならない。私は気合を入れなおした。――母の仇は取ったけれど、お前達の存在自体が許せない。
平和だった私の世界を滅茶苦茶にして――殲滅してやる。
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