第21話 ep5 血槍の聖騎士


第21話 血槍の聖騎士


 暗い道を進む。壁に刻まれた正教会の印は、まるで嘲笑うようにこちらを見下ろしている気がした。石壁に触れると冷たい。湿気を帯びた空気の奥から、鉄と土が混じった匂いが漂ってきて、胸の奥に重く沈んだ。


 メッシュが鼻をひくつかせる。

「なんか……臭うな」

「臭う?」私は小声で返す。

「血の匂いや。人の……それも相当古いもんや」


 心臓が一度、大きく跳ねた。悪魔を捕えている地下、そこに血の匂い――。それだけで嫌な予感がした。


 進むうちに鉄格子の広間に出る。鎖に繋がれた影が並び、その中には角を生やし赤黒く染まった肉体が横たわっていた。呼吸をしているのかどうかさえ分からない。


 メッシュが静かに手を合わせ、私もつられて目を閉じる。

 だが次の瞬間、足音が響いた。


「隠れよう」メッシュが囁く。私たちは柱の影へ身を隠す。


 現れたのは白い法衣の司祭と、従者たち。その後ろに黒い鎧の兵士たちが続く。司祭は短く命じ、鉄格子を開かせた。ぐったりとした悪魔の体が鎖ごと引きずられ、列の最後尾に並ぶ。


 メッシュは目線だけで合図し、背後から兵士の首筋を一撃。音もなく崩れる兵士の装備を素早く奪い取り、身につけながら私に囁いた。

「俺はこれでついていく。お前はお前で生き残れ!」


 その背を見送るしかなかった。彼の決意は重い。だからこそ、私は別の道へ――白い扉の前に立った。


 耳を当てると、低い声が聞こえる。

「実験の成果はどうだ」

「順調に育っています。我らの悲願も近い」


 その瞬間、冷たい声が響いた。

「誰だ!」


 扉が内側から開かれる。


 そこに立っていたのは、白と金の甲冑を纏った男だった。純白の外装は聖騎士を思わせる荘厳さを持つ。しかし隙間から覗く内側は黒ずみ、甲冑の下の肉体が異質であることを告げていた。


 男は自らの手首を刃で裂いた。溢れ出た血が宙に舞い、たちまち赤黒い槍となって腕に絡みつく。

「侵入者か……ここに足を踏み入れた罪、血で贖え」


 槍が閃き、空気を裂く音と共に迫ってくる。私は咄嗟に身を翻した。



---


 槍を上から振り回し、血が四方へ散る。その一滴が壁に触れ――轟音と共に爆発が起こった。


ドッカァァァーーン!


「ちっ……!」

 咄嗟に腕で顔を庇いながら後退する。


「知っているか、少年」甲冑の男が低く言った。「我ら聖騎士は、己が血を糧に武器を育てる。聖なる犠牲をもって神の敵を穿つのだ」


「そんなの……聖騎士じゃない!」

「黙れ!」


 槍が横薙ぎに迫る。私は契約を発動する。

「天転契約――反転盾界!」


 光の盾が展開し、槍を弾いた。火花のように血が弾け、逆方向に爆ぜる。

「なに……跳ね返しただと!」





 私は畳みかける。

「天転契約――鉄拳天拳!」


 三つの小さな天扉が宙に浮かび、光の拳が甲冑の男に殴りかかる。

 ガンッ! ゴンッ! 鈍い衝撃音が広間に響く。だが男は血の膜を全身に纏い、衝撃を逸らした。


「無駄だ。血は我が鎧。どれほど殴ろうと届かぬ!」


 血槍が再び振るわれる。今度は突き。盾で防ぐが、衝撃で腕が痺れる。



 男はさらに自らの腹を槍で突いた。

 ごぼりと血が溢れ、それが宙で螺旋を描き、新たな槍を形成する。

「二槍流……」


 二本の血槍が同時に襲いかかってくる。

 私は後退しながら盾を展開し続けるが、爆発と衝撃で壁に叩きつけられた。


「ぐっ……!」

 口から血が滲む。だがまだ立てる。




「諦めろ。神に抗う者に未来はない」

「黙れ! お前たちがやってることは正義じゃない!」


 私は盾で一撃を受け流し、カウンターで天拳を放つ。三つの拳が左右から挟み撃ちにし、最後の一撃が男の顔面を捉えた。


 甲冑が揺らぎ、血膜が一瞬弾ける。

 隙だ――!


 私は地を蹴り、拳を突き出した。小さな天扉を展開し、拳を加速させる。

「天拳ッ!」


 甲冑の胸部に直撃。金属音と共に男の体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。




終幕


 男は膝をつきながら呻いた。

「なぜだ……血の力が……」

 甲冑の隙間から黒い煙が漏れ出す。肉体が崩れ、呻き声と共に床へ崩れ落ちた。


 広間に静寂が戻る。私は肩で息をしながら壁に寄りかかる。

 危なかった……大技は封じられている。今の戦いも、完全に消耗戦だった。


 だが、ここで長居はできない。

 遠くから足音が近づいてくる。


「……逃げないとな」


 私はそう呟き、暗い通路の奥へ駆け出した。

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