第19話

 チャイムが鳴る。

 やっと終わったか。

 低レベルな魔法の話以上に貴族として必要なことの座学っていうのはつまらなかったな。

 アリアナは真剣に聞いていた様子だけど……あれだろ? 要するにノブレス・オブリージュってやつだろ?

 アリアナは知らないけど、この場にいる他の生徒にできるとは思えないけどな。

 ま、どうでもいいけど。


 ちなみになんだが、また遅刻をしたアリアナだが……今回は少し注意をされるだけで特に何も言われることはなかった。しかも注意と言っても、事務的なもので、全く感情を込められていない注意だ。

 理由は簡単で、そもそもこの授業を担当する教師があの老婆教師じゃなかったことに付け加えて、今教卓の前に立っている40代くらいの女教師は……面白いくらいにアリアナに無関心だからだ。


 道理で遅刻が確定したアリアナが「またあんたのせいで遅刻じゃない!」と怒りつつも、朝ほど焦っていなかったわけだ。

 

「ふん。帰るわよ、ラスト」


 あの老婆教師のように分かりやすく蔑むような視線を向けられるのも問題だが、今の教師みたいに自分に何の期待も持たれず、ただただ無関心でいられるのもアリアナのような15歳くらいの少女にとってはかなり辛いものだろう。

 だというのに、アリアナは全くそれに堪えた様子を見せない。内心でどうなのかは知らないが、少なくとも表には一切出していない。

 朝にも思った通り、強気な性格だからこそ、悔しいって思いの方が強くて、それを原動力にしてるのかね。そうなんだとしても、そうじゃなかったんだとしても、どっちにしろ素直に凄いなと感心してしまう。

 俺が悪魔に転生する前の同じ歳くらいの頃にこんな仕打ちを受けたら、間違いなく病むぞ?

 教師だけじゃなく、直接言ってこないまでも生徒たちだってあの老婆教師と同じようなものだしな。

 

「何やってんのよ。早く来ないのなら、置いていくわよ」


「置いていく、ですか。どう頑張っても、私の方が早く寮に着くと思いますよ? なのでどちらかというと、置いていくのは私の方ではないでしょうか? ふふっ。主のミスを嫌味が無いように訂正できるなんて……本当に私はアリアナ様には勿体ない悪魔ですね」


「ふ、ふふ……な、なら、は、早く、行く、わよ」


 流石に授業が終わったばかりで生徒たちがまだまだいるこの空間では怒りを抑えたのか、引き攣った笑顔のまま、口元をピクピクと痙攣させながらアリアナはそう言ってきた。


 そんなアリアナについて行く為、席を立ちながら俺は思う。

 そういえば、勝手に15歳くらいって思ってるんだけど、実際アリアナって何歳なんだろうな。

 いや、まぁズレてても1歳か2歳くらいだろうし、別にいいか。

 ちなみに予想から2歳ズレてる場合は絶対に下にズレてると思う。

 アリアナのこの見た目で17歳ってことは無いだろ。


「このまま一直線に寮に帰るのですか?」


「えぇ、そのつもりだけど……何かあったかしら?」


「いえ、友達と遊んだり……大変失礼致しました、アリアナ様。そうですね。アリアナ様に友達などという存在がいるわけがございませんね。本当に申し訳ございません」


「ほ、ほんと、あ、あんたは、いちいち私が苛立つようなことを言わないと気が済まないのかしら?」


 楽しいんだから、仕方ない。

 アリアナの反応が面白いから悪いんだよ。

 嫌なのなら無感情にでもなればいい。

 ……まぁ、その場合はいつ俺がいらなくなった玩具を捨てるか分からないけど。

 

「ま、まぁいいわ。今だけ、今だけは許してあげるわ。ほら、この辺でいいでしょ」


 人気のないところまで移動を終えたアリアナは、俺の方に振り向きつつそう言ってきた。

 最早言わずもがな、アリアナは驚きの序列最下位だ。

 だからこそ、学園にいる生徒は全員敵と言っても過言では無い。

 まぁ、何が言いたいのかと言うと、俺の空間属性の魔法を見られたく無いんだとさ。


「お手を」


 別に触れることなく多少の距離くらいなら強制転移させることくらい簡単に出来るけど、俺はそう言ってアリアナに手を差し出した。


「え、えぇ、これでいいかしら」


「えぇ、犬みたいで滑稽……失礼。偉いですよ、アリアナ様。大変よくできました」


 これが言いたかったから。


「だ、誰が犬よ!」


 とんだチワワだな。

 つか、やっぱり犬も存在するんだな。

 ゴリラがいることから、予想してたけど。

 

 そんなことを思いつつ、吠えてきているアリアナと一緒に寮の中へと転移した。


「ッ……ほ、本当に寮の中だわ」


「まだ信じてなかったのですか?」


「そういう訳じゃないわよ。いくら信じてても、転移なんて、びっくりするに決まってるじゃない」


 そんなもんか。

 ま、なんでもいいけどな。

 それより、このままじゃ夜まで暇だから、アリアナと契約をした時に貰った対価……アリアナの体を好きにしていいという権利でも​チラつかせて反応でも楽しもうかな。

 明らかにまだ成長途中とはいえ、俺は何千年と禁欲を強制させられている影響もあり、別にそのまましてやってもいいんだけど……それはまた今度でいい。別にいつでも出来るしな。

 

「それじゃあ、ラスト。行くわよ」


 そう思っていると、何故かアリアナは荷物を置き、また俺の手を恥ずかしそうに握ってきた。

 

「どこにでしょうか。特に予定は無かったのでは?」


「夕食を買いに行かなくちゃでしょ。あんた、料理できないんだから。ハズレ悪魔なんだから」


 ……こいつ、一応朝に暗殺されかけたってことを忘れてないか?

 学園は仕方ないとして、普通、外になんて出たがらないだろ。

 俺に命令でもすればいいものを……ま、そんな抜けている、というか、考え無しなところも面白いからいいんだけどさ。


​───────​───────​───────


 そして、アリアナを適度に煽ったりしつつ、殴りかかってくる遅い拳を避けたりしながら遊んでいると、思っていた以上に夕食を買うだけだったのに時間が掛かり、あっという間に夜になった。

 やっぱり、楽しいことは時間が進むのが早いな。


 ちなみにアリアナは俺の分の夕食を買ってくれなかった。

 酷い主人だと思う。

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