世界が終わるその時に
沖方
Pattern1.清原泰朗──悪役は光を望む──
悲しい過去がある? 悪に染まりきっていない? 仲間を大切にしている?
だから? だから、ヒーローは悪役に手加減をするだって? 視聴者は悪役に同情するだって?
そんなの、そんなの、面白すぎるじゃないか!!
ほんの少しの同情の余地。君達はそこに同情して、手加減をするなんて、なんて、なんて、優しいんだ。なんて、なんて、なんで──────――そこまで、光なんだ。
悲しい過去。
誰もが同情してしまうような、過酷で、目を瞑ってしまうほど、耳を塞いでしまうほど残酷で、惨い環境で育った悪役。
「ねぇ、ヒーロー、それで終わりなんて、言わないよね」
たったそれだけ。たったそれだけで僕に手加減をした。最後の一手を出すことを躊躇って、俺の反撃を受けた。そして、今、瀕死の状態にある。
「あんたがっ、あんたがっ、どんな過去を背負ってたってっ、オレはっ、オレはぜってぇ、お前を倒すっ」
・・・・・・まあ、ヒーロー君が手加減をしたのではなくて、彼の仲間がヒーロー君との合体技を出すことに躊躇ってしまったのが原因だけれど。可哀想なヒーロー君。
『あいつの過去を調べたが、親に売られたようだ』
警察組織に潜ませた仲間から聞いたこと。
警察のデータベースに俺の、
「あーあー、失敗かあ。誰も死なないんじゃあなあ」
「おい、てめぇ、俺はぜってぇ、お前を許さねぇからな!」
「・・・・・・君は」
「俺はヒーロー、ユイ! 俺は絶対にお前を倒してみせる!」
──ユイ、その名前を反芻する。忘れないように、何度も。
『今の組織で彼には相棒がいた。だが、その相棒は先代のヒーローに倒された』
日比谷公園で秘密の情報交換をしていたヒーロー君と公安所属の警察官が話していたこと。
懐かしいなと思い出しながら二人の話にこっそり、片耳を傾けた。バカで優しい先代ヒーローと、冷酷で人殺しも厭わない『僕の相棒』の話。正反対の二人は戦い、結果は相棒の負けだった。
先代のヒーローは今でもあいつの墓参りに行っているらしい。
「ねぇ、ヒーロー、君はイブキみたいに死なない?」
「イブキ、ってヒーロー、イブキか?」
名前も姿も変えて、ヴィランとしてではなく、一人の一般人としてヒーローに問う。
「そう、イブキ。先代ヒーロー、リュウジのお仲間さん。世間ではヒーローの裏切り者なんて、「悪魔」なんて呼ばれるヒーロー。ヒーロー達にとっての汚点。仲間に殺されたヒーロー」
「・・・・・・待て。なんで、一般人のあなたがイブキの最後を」
「ねぇ、ヒーロー、ユイ。君はイブキみたいに死なないでね」
──二度目は絶対に止めてやる。俺の命を賭けてでも。
『あいつは、昔仲間に裏切られたらしい』
ボスに呼ばれてボスのもとへと向かっていれば、少し離れた場所から聞こえてきた会話。
仲間というか、相棒に裏切られていたというわけなんだが。まあ、あいつが死んだ後にあいつがヒーロー達と通じていたことが発覚したのだ。ヒーローなり得る者をヒーローたり得るものにする、奴らの秘密兵器「
・・・・・・こっち側の研究の関係者がヒーロー側の研究に関わっていたことから何も察せられない奴らはバカだ。
「ねぇ、ヒーロー。君は仲間を嘘でも良いから裏切れる?」
「それ、は」
「仲間に殺される覚悟はある? 仲間を殺す覚悟はある?」
「・・・・・・それが仲間を救うためならば」
意地の悪い、仲間意識のないヴィラン達とは違い、仲間思いなヒーロー。自己犠牲の精神を忘れずに、最大多数の最大幸福を忘れずに。それはヒーローの基本なのだと改めて察することができた。
──最小不幸社会のヴィランと最大多数の幸福のヒーロー。その構図は永久に変わらない。
『あいつはボスに心臓を抜かれた。だから、神造の心臓をその胸に入れているんだ』
ヒーロー君の仲間が戦闘中に言ったこと。
どこで聞いたのか、どこで見たのか。ヒーロー君の顔を見れば、その顔は酷く歪んでいた。でも、俺のことを真っ直ぐと見ていた。絶望の表情を浮かべたヒーロー君の仲間達とは違い、彼は真っ直ぐとこちらを見ていた。
「だから? だから
「諦めるなんて、俺は言ってねぇ」
「ヒーローがそう言ったって、それ以外の奴らが諦めてれば俺には勝てない」
「だから?」
「だから?」
「だから何だよ! 俺が勝てないからって何だよ! 俺はお前を絶対に倒すって誓ったんだよ!! 勝てなくたって、俺は絶対にお前を倒してやるんだよっ!!」
──勝てなくても倒す。その言葉に喜んでしまったのは誰にも言わない、絶対に。
親に捨てられた。親に売られた。買ったのはヴィラン組織だった。命懸けで生き足掻いて、生き抜いた。初めての相棒には最初から裏切られていた。それなのに死んだ相棒に支えられていた。役割を果たせていないとボスに殺された。心臓を取られた。ボスに心臓を神造の心臓を入れられた。誰も俺を殺せなくなった。
たったそれだけ。たったそれだけの過去。たったそれだけの日々。俺にとっては普通で、俺にとっては当然で、俺にとってはいつも通りの日々だった過去。彼らの仲間はそんな重くもない俺の過去を聞いて動揺して、俺を殺すことを躊躇った。
「へぇ、それならさ」
だが、ヒーローは、ユイは彼らとは違って、俺の過去になんてまったく同情しなかった。手加減をしようともしなかった。俺に真っ直ぐ向かって、技を放とうとしていた。
瀕死の状態で、絶対に勝てないと分かっているはずだった。なのに、真っ正面からヒーロー君は俺に向かってくる。
ヴィラン達のなかで最強の俺を倒す。そう決めたのだから、と俺に立ち向かう。
あまりにも眩しくて、温かくて。あまりにも太陽で、強い光で。
──だから、だから、俺は。
ほんの少し、力を弱める。ほんの少し、誰も気付かないくらいの威力の調節。きっと誰も気付かない。その少しが、命を左右するなんて気遣い程度の力の調節。ほんの少しの期待のために──そんな我儘。そんな小さな希望。
──でも、だからこそ、こんな希望を望んでしまう。
「俺をこの世界から必ず救ってよね」
そんな彼だからこそ、俺は彼に期待してしまったのだ。
ヒーローの名を冠する彼に。
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