第三話 不安定な三つ星

スタジオの空気は、まだ新しい。

防音材の匂い、真新しいマイク、慣れない機材の並ぶ光景。

そこに立つ三人の少女――《Stella Nova》。


「今日からここで練習していくわ。まずは自己紹介からね」

母・紫苑に背中を押されるようにして、凛は三人と向き合った。


「……黒瀬凛です。これから、サポートを任されました」


短く言って頭を下げる。

拍手のように明日香の声が響いた。


「わー! 頼りになりそうなお姉さんだ! よろしくお願いしますっ!」


「……篠宮天音です。……が、がんばります」

天音は小さな声で深くお辞儀をする。


「白雪透花。……言っとくけど、あんたに頼るつもりはないから」

透花はそっぽを向き、腕を組んだままだった。


三人三様。

太陽のように明るい子、消え入りそうな子、棘を隠さない子。

凛はその姿に、三年前の自分の影を重ねる。


「それじゃ、まずは軽く合わせてみましょうか」

スタッフがカウントを始め、音楽が流れた。


だが――すぐに問題は露わになった。


明日香は元気いっぱいに踊るが、振り付けをたびたび間違える。

天音は声を出そうとするが、震えて音程が揺れる。

透花は動きが固く、ダンスも歌もぎこちない。


音が止まる。

スタジオの中に重い沈黙が落ちた。


「……すみません……」

天音が小さく肩を震わせる。


「ははっ、やっぱ難しいや!」

明日香は笑ってごまかそうとするが、額に滲む汗が必死さを物語っていた。


「だから言ったでしょ。私たちに足りないのは経験」

透花は吐き捨てるように言った。

その声には苛立ちよりも、自分自身への悔しさが滲んでいた。


凛は静かに深呼吸した。


「……まだ始まったばかりよ」


三人が顔を上げる。

凛はマイクを取り、落ち着いた声で続けた。


「明日香。声は届いてる。でもリズムに追いついてない。足の動きを半拍早めてみて」

「は、はいっ!」


「天音。声は震えててもいい。呼吸を合わせれば音は安定する。胸じゃなくてお腹で吸って」

「……お、お腹で……はい」


「透花。強がるのはいいけど、体が硬いわ。膝を柔らかく使って。ダンスは力じゃなくて流れよ」

「……っ、わかったわよ」


的確で迷いのない言葉。

三人は思わずうなずき、再び立ち上がる。


音楽が流れ出す。

まだ拙い。それでも、さっきよりは確かに前に進んでいた。


練習を終えたあと、明日香が満面の笑みで凛に飛びついた。

「やっぱり凛さんすごい! 先生みたいだよ!」


「……私は先生じゃない。ただ、少し見えただけ」

凛は答えながら、胸の奥に小さな熱を感じていた。

止まっていた時計が、またひとつ針を進めた気がした。


To Be Continued...

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