第4話 散歩とプレゼント探し
暖万と話しながらアーモンドチョコレートを食べたあと、心詠は部屋へと戻りドレッサーの前に座ってメイクをしていた。
(日焼け止め塗ってファンデして、眉毛書いてアイシャドウとかは……無しでいっか。アイライン引いて、チークとかも無し。口紅は……オレンジっぽいピンクのにしよう。……うん。完成!)
メイクを終えて香水を自身に振りかけ、ディスプレイラックの二段目に置いてある小さな肩掛け鞄を取る。鞄の中に財布とスマホ、キーケースを入れて部屋を出る。階段を下りると、玄関には既に暖万が居た。
「はる兄、お待たせ。」
「ん、来たか。」
「靴履くから、もうちょっと待ってね。」
「日傘は?」
「……日焼け止め塗って来たし、持って行かなくても……」
「日焼け止めって完全に日焼けを防げる訳じゃ無いんだろ?ちょっとでも日焼けしてると、叔母さん達に会った時怒られるぞ。」
「うぅ……日傘持ってくの、めんどくさい……なんで私だけ……。」
「そりゃあ、母さんが千代田家の出身だし………千代田家の血が流れてる令嬢ってお前と去年産まれた従妹の
完全に他人事だからと涼しい顔で諦めるよう言ってくる暖万を、恨めしげに見るも無言で日傘を差し出してくるのみで大して効果は無さそうだった。事実が故に何も言い返せず、心詠は溜息をつきながら日傘を受け取り靴を履く。
「んじゃ、行くか!」
「うん。」
暖万が扉を開けて出たのに続いて心詠も出る。そのまま暖万が扉を閉め、鍵をかけている間に心詠は日傘をさして門を出る。追いついて門を出てきた暖万と共に公園へと歩き出す。太陽の光が降り注ぎ、空には雲が流れている。各家の前庭にある色とりどりの花々は風に揺れ、木々は青々とした葉が太陽の光を反射し輝いていた。雀がたまに降りてきて、ぴょんぴょんと跳ねるように歩いてはまた飛び去って行く。そんな緩やかな昼下がりを暖万と心詠は無言で歩く。話題が無いからでは無い。心詠が会話をするよりも自然の音を楽しむことを優先し、暖万もまたそんな心詠の様子を察して声を掛けずにいるからだ。暖万自身も自然の音を楽しもうとはしていたが、すぐに飽きたため大人しくゲームのことを考えながら歩いている。
近隣住民の憩いの場となっている公園へ近付くにつれて人通りが多くなり、子供達の元気な笑い声が聞こえてくる。暖万は心詠の様子を窺いみて大丈夫そうだと判断し、そのまま歩みを進める。すると、心詠が口を開き小さな声で歌い始めた。
「水は空を求めるも その手は届かずに〜♪
嘆き涙を流しゆれど 何も変わらず〜♪」
それは心詠がMOの世界で、吟遊詩人から歌姫へと転職する時に作った『四大精霊の紡ぎ歌』だった。メルフィアレ・オンラインというゲームの世界において、最上位職業への転職クエストの細かいクリア条件は各職業ごとに違うが、ひとつだけ共通することがある。それは、ただでさえ難易度の高い転職クエストを『必ず1人でクリアしなければならない』ということ。これは、ただ聞いたり文字で見たりする分には簡単だと思うだろう。実際、他のゲームではMOほど難しい訳ではなかったり、途中で他のプレイヤーやNPCに手伝って貰うことでクリアすることが出来る。だが、MOの場合は他のプレイヤーだけでなく、NPCと協力することすらアウト判定なのだ。手伝って貰った瞬間、強制的にクリア失敗となり転職出来ない。MOにおいて、最上位職業へと至ったプレイヤーが少ないのはこのためだ。中でも、支援系の職業の転職クエストはプレイヤー自身の才能が大きく影響してくる。例えば、『姿を変えている見ず知らずの人物を探し出し、実力を認められろ。』というようなものであったり、『味方を支援するとはどういうことか、自分なりの考えを論文に纏め学者NPCに認められろ。』というものだ。
そんな中でも、心詠のメイン職業『歌姫』の転職クエストは『最古の精霊のみが知る世界と精霊の成り立ちを聞き、それを歌にして世界に認められろ。』というものだ。まず前提として、精霊という存在は殆ど発見されていない。そんな中で普通の精霊ではなく『最古の精霊』。つまり、最初に生まれたであろう精霊と出会わなければならない。そしてその精霊から、MOの世界と精霊の成り立ちを聞かなければならない。だが、精霊がそんな簡単に話してくれる訳ではない。精霊と友好を築き、一定の信頼を得なければ聞いたところで話してくれない。精霊から話を聞けたとして、次に待っているのは、聞いた話を歌にする。つまり、話を元に自身の歌を作ってMOの世界を管理しているAIに認められなくてはならないという無理難題をクリアしなければならない。まさに運と時間と根気、才能が無ければクリア出来ない転職クエストだ。MOの最上位職業への転職クエストは全て鬼畜仕様になっているが、歌姫への転職クエストの鬼畜度は間違いなくMOでもトップクラスだ。少なくとも、暖万は歌姫への転職を果たしているプレイヤーは心詠しか知らない。そもそも時間の都合上、暖万の交流する範囲はギルドメンバーが九割を占めていると言うのもあるが…。それでも、間違いなくトップクラスには入っているだろう。これを言うと、心詠はしばらくログインしなくなるだろうことが予想出来るため、暖万はあえて伝わらないよう人脈を総動員して情報統制を行っている。ちなみに、歌姫という転職先は女性の吟遊詩人にしか出てこない。男性の吟遊詩人の場合は、『スター歌手』である。歌姫の対義語が無いからと言って、あまりにも安直と言わざるを得ない。
「水の願い 土の絆 風の呼び声 火の慈悲が
合わさり紡がれひとつとなりて 廻り巡る〜♪」
心詠の歌がラストスパートに突入したところで公園に到着した。今日は日曜だからか、小学生くらいの子供達や親子連れが多かった。遊具は少ないものの、敷地内には広場が併設されているため、走り回れる程度の広さはある。心詠と暖万は広場の方へと足を進める。キャッチボールをしている親子や鬼ごっこでもしているのだろう子供達を横目に、暖万と心詠は歩き続け、広場を一周する。広場に入ってきたところへ戻ってくると、今度はスーパーの方へと歩き始める心詠に暖万は声を掛ける。
「心詠、散歩はもう良いのか?」
「スーパーはまだ行かないよ。先に雑貨店に行く。」
「雑貨店?」
「うん。従兄妹の
「あぁ、なるほど。そういえば俺も決めてないな……。」
「佳与ちゃんへの誕生日プレゼントはもう決まってるけど、癒優くんへの誕生日プレゼントが決まって無いんだよね……。」
「佳与への誕生日プレゼントは何にするんだ?」
「ぬいぐるみにしようと思ってるよ。」
「心詠はぬいぐるみ渡すのか。俺は……絵本にするか。癒優のと合わせて二冊。」
「………それあり?」
「ありだろ。」
「「…………。」」
顔を見合わせ、二人の間にしばらくの沈黙が流れる。
「むぅ……なら、私もぬいぐるみ二つにする。」
「癒優は魚のぬいぐるみとか喜ぶと思うぞ?」
「魚?」
「おう。癒優は最近、魚を見るのにハマってるらしい。」
「はる兄、なんで知ってるの?」
「
「………私は聞いてないよ?」
「そりゃあ、お前はその時居なかったからな。」
「…………佳与ちゃんは?」
「相変わらず兎が好きだってさ。」
「………………。」
拗ねたようにむくれる心詠に、暖万は苦笑しながらも助言をする。お礼は言われたが、機嫌が直った訳ではなさそうだ。とはいえ心詠の場合、拗ねているだけならばそのうち元に戻るため気にせず歩く。本当に不味いのは、心詠を怒らせた時だ。滅多なことでは怒らない心詠だが、怒らせると目が全く笑っていない笑顔で罵詈雑言を連呼する。それも早口で捲し立てるように。決して暖万が怒らせた訳では無いのだが、怒った心詠の容赦の無さは凄まじかった。相手が涙目になってもなお鋭い言葉を投げつけ、言葉で相手の心を叩き潰していた。あの時の心詠に比べれば、ただ拗ねているだけの今は可愛らしいものだ。心詠が激怒した時のことを思い出しながら暖万が遠い目をしていると、目的の雑貨店へ到着した。心詠が日傘を畳んだあと二人で店内に入り、それぞれ商品を選ぶため二手に分かれる。
暖万と分かれた心詠は、ぬいぐるみコーナーへと移動し商品を見始める。猫や犬、兎、熊などの動物は勿論、恐竜やキャラクターものまで様々なぬいぐるみが置いてある。癒優くんと佳与ちゃんに送るぬいぐるみはどれが良いかと考える。
(佳与ちゃんは相変わらず兎さんが好きらしいし、ピンク色のリボンが付いた兎さんのぬいぐるみにしよう。癒優くんは魚を見るのにハマってるんだよね……。なら、イルカさんがいいかな?あ、サメさんもある。うーん、どっちにしようかなぁ。………………良し、決めた!イルカさんにしよう。)
心詠は二人に送るぬいぐるみを選び、棚から取ってレジに向かう。会計を済ませて暖万を探そうとした時、レジの入り口の方から暖万が2冊の絵本を片手にやって来た。どうやら、無事に選び終わったようだ。心詠はレジの出口から離れたところで暖万を待っていると、早々に会計を終わらせた暖万と心詠は合流する。
「お待たせ、次はどこ行くんだ?」
「ん〜………あとはお花屋さんに行ってお花を買おうと思ってるんだけど………先にスーパーかな。」
「了解。」
二人は話しながら雑貨店を出る。心詠が日傘を差したあと、二人はスーパーへと向かった。
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