第4話 MISSION OF JUNK

8月29日 0:59


「あぁ…涼しい」

 湛司の車は、冷房が効いていて涼しい。

「で?静久は、女抱いたことあんの?」

「…ない」

「自慰は?」

「ない。性的なものに興味がない」

「えっ、じゃあ、さっきのはホントってこと?」

 うぜぇ。いちいち目丸くするな。信号くらい前向いて待て。

「そう言ってるだろ…」

「童貞か」

「正確に言うと、失敗して相手に逃げられた」

 あぁ、記憶がよみがえる。ホント何言ってんだ俺。

「そうやって、吸ったりったりしてるからだろ?」

 俺のタバコを吹かす手元を指差しながら湛司は言う。

「コレも薬も大人になってから。逃げられたのは高校時代だ。それはない」

「そっかぁ。じゃあ今、僕とやる?」

「お前がよくても、俺が無理」

 マジでなんだコイツ。

「冗談冗談。一旦この話は、置いといて…」

 いや、お前が始めたんだろ…。

 渋い顔の俺を知ってか知らずか、湛司は淡々と話を進める。

「あのジジイのとこに着いたら、覚醒剤と合成麻薬を買い占める。それが終わったら、施設の子どもの世話だ。また、新入りが入ったらしい」

「それで、なんで夜中に?」

「ジジイが耄碌ぼけたおかげで、夜しか売らなくなったんだ」

「なるほどな」

「それに、新しく入った子が不眠らしくてな」

「不眠か…。それで、どうすんだ?」

「どうもこうもない。様子が見たいだけだ」

 お前も行くんだぞ!

 そう言い、湛司は車を降りた。俺はそれについて行く。


 着いた先は、南上地区の僻地へきちにある住宅街の路地裏だ。

 どの家も古ぼけていて、人が住んでいる様子はない。

「おい、カンバシのジジイ。僕に薬、安く売ってくれねぇか?」

 交渉相手は、薄汚い無精髭を生やしたスキンヘッドの爺さんだ。いつも、レジャーシートの上に茣蓙ござを敷いて居座っている。

「君たち、来てくれたのかい」

「あぁ…」

「ジジイ、今日も全部買い占めさせてくれ」

「持ってけ。ここにいても売れやしない」

 以前と違う態度に少しキョドる。

「いいのか?」

「わしゃ、どうせここで野垂れ死ぬだけだ。金なんぞいらん。持ってけ」

「ふうん。じゃ、ありがたく貰ってくとするか。行くぞ、静久」

 爺さんの隣に置いてあるダンボールをすべて回収する。中身は、メタンフェタミンの白い粉。

 心做しか、己の喉がゴクリと音を立てる。無意識に手を伸ばそうとして、湛司に止められる。

「ダメだ。静久」

 はっとして振り返ると、湛司が鬼の形相で立っていた。

「言ったよね?この仕事してる間はやっちゃいけないって」

 子どもを宥めるような口調で俺を言いくるめる。

「……ごめん」

「お前は車に乗っとけ。後は僕がする」

 湛司は、タバコも薬もしない俺とは真逆の人間だ。


「爺さん、変わったな」

「あのジジイ、自分のことカンバシっつてたけど評判は良くないし、元から潰すのが目的だったから…。ああなってくれて良かったよ」

 相変わらず、湛司は毒舌だ。

「そうだな。もう、俺らがあそこに行く必要はない…」

「下の子たちは元気か?」

「あぁ、学校楽しんでるよ。昨日も俺への手紙、書いてくれた」

「それは、良かったな!」

「国から生徒と児童の疎開の指示が出てる」

「そう、疎開させるのか?」

「まぁ。安全のためだから」

「いつ?」

 確か、カレンダーに書いてあったのは…。

「来週末、だけど……」

 湛司は、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 凡そ、初めて見る表情だ。

「俺、昨日の朝…使ったんだ。アレ」

「本当か?」

「あぁ、だから迎えも車から降りなかったし、歩睦と寧音とも最低限の会話しかしてない」

 湛司は何を思ったのか、俺の頬を殴った。

「なんだよ…運転危ねぇだろ!」

「誕生日だからやってないと思って呼んだのに、歩睦くんも、寧音ちゃんも悲しむのが分かんねぇの!?俺も怒るよ?」

 〝僕が怒ったら、仕事辞めてもらうから〟という言葉が頭を過った。

 にしても『俺』って…。

「ホントにごめん…」

「俺に謝るなよ。謝るべきは、本当に謝るべきなのは、お前の家族だろ!?」

 ハンドルを強く叩いたために、クラクションが鳴り響く。

 こいつはやっぱり、いいやつだ。

 俺より賢くて、強い。 


 歩睦、寧音…。

 俺は、兄ちゃんができているだろうか。


 静寂に包まれた車内に二人の声が交わされるのは少し後になる。

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