浜松の夜を走る(短歌あり)

久保田愉也

第1話 針葉樹の ごとき街並み 天を刺す 紅き雪降る 漆黒の空

中学生の私は、駅まで徒歩30分。200円で、浜松行きに乗り込んだ。

時刻は、日付変わって0時20分。

ポケットに入っているのは、ケータイと千円と五百円とお釣り。


訝しげな駅員さんに、首をかしげられた。

「残業の母を、心配なので迎えに行きます」

と、嘘をついた。


乗り込んでしまった。

心臓が、口から吐き出てしまうかもしれない。深紅の体内で暴れに暴れている。今にも爆発しそうなくらいに。体が弾け飛びそうなくらいに。


ああ、私にも真っ赤な血が流れているのだ。


天竜川を列車が渡る時、太平洋の波打つ奥で、ドスの効いた深紅の月が、私に一瞥をくれた。



満ち欠けを 知らぬ月夜よ ビール呑み 真っ赤に染まれ 父母知らぬまま



故郷にいた頃は、星空が近くにあった。

手が届きそうな距離に、砂のように散らばった満天の星を、小さな頃見た。

凍てついた乾いた空気に頬を刺されて、真っ赤になりながら。

満天の星空の下、夜明けを待ったベランダを覚えている。


ジメジメとした空気がウザったく纏わりついてくる。

ここは浜松の夜。

空に星は一つもないが、地上には、天に刃向かうようにそびえるビル群がギラギラとした脅しにも似た光を無数に放っている。


私はもう、ここまで来てしまったのだから、明日、死体で浜名湖に浮こう。


いつか、佐千恵さんが世話をした陽子お姉さんが言っていた。

夜の浜松は、愚連隊〇〇連合の庭だよ、と。そして、怖いおじさんが沢山いるよ、と。

「陽子お姉さんこそ、彼氏は○○連合の総長で、自分は夜の蝶なんでしょう。怖いものなんてこの世にないでしょう」

中学生の私は、無邪気が行き過ぎていたから、陽子お姉さんに言った。

「彼は、仲間がいるように見えて、孤独なんだよ。私も、私の親のようにイカレているし、もう日差しの下、胸を張って歩けないよ」

陽子お姉さんは自嘲しながら、私の金髪にし損ねた赤っ髪あかっぱつを編み込みにしてくれた。



赤い髪 結わねばならぬ 摩天楼 バイクの頭 暴れる月夜



0時28分。浜松駅、到着。

9月だから、マックで月見バーガーを食べたい。そして、帰りの始発は午前5時35分。それまでの5時間とちょっと、サバイバルだ。

明日の朝まで生き残れたら、コンビニのちょっと早めに売り出されたホクホクの肉まんを食べて。一人で祝おう。


この街の象徴、アクトタワー。真夜中のアクトタワーは、一際禍々しくそびえ立っている。

あれ、と思った。夜空に星なんて一つもないはずなのに、赤い光がある。

そうだ、あれはこの街が放つ光線だ。天に向けて反旗を翻すように、黒い空を貫いている。

ここは魔の都、浜松。魔物が跳梁跋扈するこの世界で、私はサバイバーになる。



針葉樹の ごとき街並み 天を刺す 紅き雪降る 漆黒の空

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