第2話 事態は動き出す

 鬱憤の溜まる鬱々とした日々を過ごしているかというと、そうでも無い。たまに発作的に女にもてない人生に悲観するが、発作が治まれば悟り状態になる。

 つまり諦める。

 諦めてしまえば苦しみもなく、今の世の中それなりに楽しみもある。


 世界人口が半分になったような主観で生きるある日、上司に呼ばれた。こう言っては何だが仕事は可も無く不可も無くそつなくこなしている。

 モテなかろうが死にたくはない。

 例え愛する人がいなかろうが死にたくない。

 守るべき人がいなかろうが死にたくない。

 流石に自分の命を諦めるほどの究極の達観には到ってない。到ってはないがいつかは到りたいと思いつつ、今は死にたくない。

 ならば仕事は大事だ。

 俺を養ってくれるような人はいない、ヒモが心底羨ましい俺に無いものばかりもってやがる、以上自分で稼がなくてはならない。

 ならば仕事は大事だ、命だ。

 新規プロジェクトの話だろうか? だとしたら暫く午前様の日々になるが仕方ない。

「よく来てくれた、最近仕事の方はどうかね?」

 呼ばれた会議室に入ると社内ではイケオジで通っている部長が一人待っていた。

 イケオジで部長で金を持っていて愛人がいるとの噂も絶え無い。

 家に帰れば家族も待っているというのに、本当に羨ましい。

「今のところクレームもなく順調です」

 何かあったら帰れない日々になるので仕事に手抜かりはない。自分の健康は自分で守るしかない、すなわち早く家に変えるのは大事だ。

「そうかなら良かった。実は話があるんだが、今夜空いているかね?」

 彼女も家族もいない俺は仕事が終われば超絶フリー、そんなこと部長も知っているだろうがこれも大人の儀式という奴だ。当然仮に用が合ったとしても断れない。部長直々のお誘いとはそういうものだ。

 それにしてもそこまで他の者に聞かれたくない話なのだろうか? だとしたら新規プロジェクトどころか、リストラ。

 リストラか~、まあ会社が危なくなれば家族のいない俺が真っ先に着られるのは至極当然。だが俺もただでは切られない。出来るだけ退職金をぶんどってやる。


 定時になって30分ほど時間を潰してから荷物をまとめだす。定時に帰れば暇なのかと目を付けられるこれも処世術。荷物をまとめ出来るだけに目立たないように退社して、部長指定の高級料亭に向かうのであった。

 指定の高級料亭は仕事で何度か接待で使用したことがあるので、焦ることなく部長の名前を出して案内された和室で一人静かに待つ。

 新規プロジェクトの話なら、ここでキーマンとの顔合わせだろう。この料亭なら新規プロジェクトの始まりに相応しい。

 リストラの話なら、人事部の者との面談かな。ごねまくるタフな交渉をして退職金を出来るだけ引き上げた後、思う存分に飲んでやる。

 俺は禅僧の如く瞑想をして静かに精神を集中させて待つ。

 やがて襖が開けられる音がした。

「やあ、待ったかな」

「いえ部長、・・・!?、そんなことはありません」

 一瞬言葉に詰まった。それというのも部長が連れてきたのは、切れ者の他社のビジネスマンでも人事部の者でも無い、社内でも噂の秘書課に所属する美女だっただからである。

 確か尾茂井 響子さんだったかな。

 長い黒髪を靡かせて歩く姿は社内の男どもの羨望の的である。

 メンバーが揃ったようで仲居さんが部屋に入ってきて酒や食事を置いて去っていく。

「まあ、まずは一杯といこうじゃ無いか」

「はい」

 部長の意図が全く読めないが俺は急ぎビールの栓を上げ部長と尾茂井さんのコップにビールを注ぎ、次に自分のコップに手酌でビールを注ぐ。

「では、乾杯」

「乾杯~」

 明るい声で追従する。取り敢えず訳が分からないので接待モードで対応する。

「ふう~生き返るね~」

「そうですね。大分暖かくなって来ましたしこれからどんどんビールが美味しくなりますね」

「はっは、また太ってしまいそうだ」

「部長はスマートじゃないですか」

 穏やかな空気が流れていく、俺はこの穏やかな空気の内に本命に切り込むことにした。正直、生殺しのような空気に耐えられないのだ。

「それで本日の用件は?」

 極秘の仕事かリストラか? 尾茂井さんの存在はこの際置いておこう。この話が終わったら部長とそのままホテルにでもしけ込むために付いてきたんだろ。確か一時期噂になっていたことを思い出した。女に縁はないが社内情報に疎いわけじゃない。

「そうか。尾茂井君、頬白君は君のことが気になってしょうが無いようだ。

 いや、これは幸先がいい。頬白君を選んだ私の目に狂いはなかったようだ」

 部長は膝をパンと叩きながら嬉しそうに言う。

「いやそういう訳では。先に終わらせておいた方がお酒も気楽に楽しめますし」

 どう転んでも酒を気楽に楽しめるようなことはないだろうが、茶番に付き合わなくて良くなる。

「そうかなら単刀直入に言おう。

 頬白君、尾茂井君と結婚しないか」

 部長は真面目な顔で俺の目を真っ直ぐ見て言うのであった。

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