第15話 七天大魔女

 ――無事に日喰子ヒグラシを倒した翌日。

 エシラと領主はアルクス公国の城へと召集されていた。


「よしエシラ、もう一度確認するよ。質問には?」

「しょうじきにこたえる!」

「無礼を?」

「はたらかない!」

「言葉の最後には?」

「デスをかます!」

「違う! 〝ですかます〟! デスをかましたらダメだ‼」


 エシラの持つ、黒装丁の魔導書グリモワール、もとい原典。

 それと契約をした危険人物として、首都である城にて質疑応答をする準備をしていた。


「公国をまとめ上げている公爵がいるが、その方よりも気を付けないといけない人たちが集結している」

「そんなえらいひとたちがいるんだ。だれ?」

「七人いる精鋭の魔女――〝七天大魔女〟だ。彼女らの機嫌次第で簡単に消される可能性があるからね」

『コワ~……。オイラ消されたくないぞ‼』


 ポケットから現れたトカゲのアイも、思わず身震いしている。

 七天大魔女は、世界を駆けるだ。法を超越する彼女らに間違った選択肢を選ぶと、問答無用で消される。


 身だしなみは綺麗にしていて問題ないが、エシラの思想が彼女らの逆鱗に触れないか。

 それだけが領主の懸念点であった。


「よし、そろそろ時間だ。謁見の間に行こうか。俺の発言権は無いに等しいから、頑張るんだよ。くれぐれも失礼のないようにね」

「わかった。がんばる」

『緊張してきたぞ!』


 重厚な扉が開き、謁見の間へと移動をする二人と一匹。

 中には大勢の人と、目立つ場所には七人の魔女が堂々と居座っていた。


(あれがえらいまじょ……。あ、このまえあったひともいる)


 中央まで歩いてゆき、片膝をついて反応を待つ。

 すると、早速大魔女が一人ずつ反応を示してゆく。


「おぉ、あん時の子か! 道理で変わった匂いがしたわけだな~。あたしのこと覚えてるかな? お~~い‼」


 月夜見つくよみの大魔女――ミツキ・レディル。

 ぶんぶんとエシラに向かって手を振り、満面の笑みを浮かべている。


「あっ、わっ、私っ! こんなに人に見られてる……⁉ あばっばばば! 視線で殺されるぅうう‼」


 木漏こもの大魔女――ヴィタリー・ソラリナ。

 目が泳ぎまくっており、過呼吸になりながら人々の視線に怯えている。


「まーまー。ヴィタリーちゃん落ち着いてー。ほらほら、ゆ~っくり深呼吸してあの子と一緒に寝よっか~」


 さざなみの大魔女――メール・オンドリス。

 まったりとした沈みそうな雰囲気を纏っており、ヴィタリーの背中をさすっていた。


「ぐー……すかー……。まだまだ食べれるぅ……むにゃむにゃ」


 うたた寝の大魔女――ナフェル・セプテンバー。

 自前のクッションにもたれ掛かり、何かを呟きながら眠っている。


「あれが原典の所持者、ですか。ククク、我が〝卍♰炎地獄炎バーニングヘルファイアー♰卍〟とどちらが強いか見ものですねッ‼」


 空嘯そらうその大魔女――ヴェルマ。

 眼帯やら包帯を付けている中二病な彼女は、エシラに興味津々だ。


「目と腕が片方しかなくて可哀そう……。殺してあげた方が楽になれるかな?」


 たれの大魔女――アサヒ・アタラヨ。

 黒髪黒目で、和な衣装に身を纏っているが、不穏な発言をしている。


「アイツが、か。許しちゃおけない……‼」


 紅日こうじつの大魔女――シュアロン。

 この七人の中で最もエシラに対して憎悪の視線を向けており、殺意がビシビシと伝わってきていた。


 各々がマイペースで口を開け、観衆たちは呆気からんとしていた。

 騒めき出したその時、アルクス公国の公爵が咳払いをして大魔女たちの視線を集める。


「えー、では今から、黒装丁の魔導書グリモワールと契約をしたというエシラへの質疑応答を始めたいと思います。大魔女様方は大丈夫でしょうか?」


 その言葉でざわめきはなくなり、大魔女らの焦点がエシラへと合う。

 三日月形のとんがり帽子を被る大魔女、月夜見の大魔女ミツキが手を挙げて質問が投げかけられる。


「エシラっつったか? 一体全体どうやって魔導書グリモワールと契約できたんだ?」

「わたしはしんぞうがふたつあったから、なんかできた。……です」

「ほ~ん。特異児イレギュラーってわけか。なるほどな‼」


 続けて、漣の大魔女メールが口を開く。


「エシラちゃんー。キミの好きな食べ物はー?」

「え、うーん……。ドロがついてないパン?」

「そーなんだー。えへへ~~」

「???」


 不思議ちゃんなメールに翻弄され、頭の上に疑問符クエスチョンマークを浮かべることしかできなかった。

 ここまでは友好的に接してくれていたが、一人の大魔女が爆弾を落としてくる。


「このオレは、黒装丁の魔導書グリモワールのせいで家族と友人を亡くした。それはあまりにも危険すぎる……だから、ここで殺そうと思っている」

「え……」


 紅日の大魔女シュアロンが怒髪天を衝く形相でエシラを睨む。


「で、でも! ちゃんとちからのつかいかたまなんだ! もうぼうそうしない‼」

「『もう』だって……? やっぱり暴走してるんじゃないか……‼ 信用ができるわけがない‼

 それのせいでどれだけの命を奪うつもりだ‼‼」

「ちがう、のに」


 黒装丁の魔導書グリモワールは、マイペースの権化である七天大魔女全員を集結させるほどとてつもない物。

 それに加え、過去に起こった悲劇がシュアロンを激昂させていた。


「大体、あの領地を統治するフィオレンツォの管理不足だ。あの間抜けで愚図なやつは何をしている。お前を育てたのもタールらしいが、アイツは堕ちに堕ちたダメ人間だ。育った環境もスラム街らしいし、周りにロクな奴がいないと見た。

 ……今すぐ殺すのに充分だろう」

「……わたしは、ダメダメなにんげん。けど、りょうしゅにタールおじさん、スラムのみんなはやさしくて、すごいひとたちだよ。

 わたしたちのこと、なにもしらないくせに……おとなのくせに、ひとにだいじなものがなにもわかってない‼‼」

「はァ……?」


 シュアロンのこめかみに、ビキッと血管が浮き出る。

 誰かが「あーあ」と声を出した瞬間、エシラの目の前には拳があった。


「っ⁉」

「間一髪か」

「〝アペリオ〟・【ゆがんだひとみ】‼」


 瞬時に全身に魔力を巡らせて回避し、魔術を行使する。

 【ゆだんだひとみ】によって未来は見えるものの、


 どれだけ相手が憎かろうと、実力は確かなもの。


(かてない……ぜったいに……。なら、どうせなら――いっぱつだけなぐらせてよ)


 拳がエシラの頬を掠る。傷口が炎で炙られる痛みがするが、気にしない。

 彼女は【まっくろなうで】を発動させて、シュアロンのみぞおちに一発を叩き込んだ。


「ケホッ⁉ なんだ、これ……っ‼」


 魔力で固めれば固めるほど、【まっくろなうで】でのクリティカルダメージは増加する。

 魔導書グリモワールを使い始めて間もない素人が、世紀の大魔女に膝をつかせた瞬間だった。


「あやまって。わたしじゃなくて、りょうしゅやタールおじさんに」

「お前……っ! お前はやはり、危険因子だ‼ 〝アペリオ・【暁炙シャオジー】‼‼」

「っ⁉」


 太陽の中に突っ込まれた。

 そう感じるほどの灼熱が襲いかかり、エシラの肌を焦がし始める。


「やれやれ、面倒なことすんじゃあねぇっての。〝アペリオ・【月の都】」

「うぅ……! あ、あれ? あつくない」


 月夜見の大魔女であるミツキが魔術を発動させ、熱からエシラを守っていた。


「邪魔をするな、ミツキ・レディル!」

「邪魔? そいつぁこっちのセリフよ。なぜならこのエシラは――‼」

「は?」


 他の大魔女や、この場から逃亡しようとする観衆たちの反応が同じになる。

 ただ、シュアロンは許せるはずがなく、さらに怒りを露わにし始めた。


「だいたいお前はいつもそうだ! 勝手に決断を下して場を乱す‼」

「あ〜懐かしいなぁ。君がおねしょした時、勝手にギルドの掲示板に飾ってたっけか」

「その話をするなアホミツキィイイイ‼ アレのことまだ許してないからな⁉」


 先程までの剣呑な雰囲気は霧散し、すっかりミツキのペースに呑まれる。


「そんじゃあよ、わかりやすく多数決で決めない? 七人で奇数だし」

「……まぁ、それでいい」

「おし、決まりぃっ!」


 多数決でエシラの命運が決まるらしく、彼女は少し不満げな顔をしていた。

 ミツキが他の大魔女にどっちにするかと聞く。


「もちろんあたしは言い出したんだし、賛成だ!」

「あ、えっ、えっ、じゃあ私も賛成で……」

「ぼくも賛成で~~」


 月夜見の大魔女、木漏れ日の大魔女、漣の大魔女は賛成派閥となった。


「ダメに決まってる」

「うーん……でもエシラちゃん、もう生きるのが辛そうだから殺した方がいいかも。反対かな」

「この我と手合わせしてみたい! というわけで反対だ」


 紅日の大魔女、彼は誰の大魔女、空嘯の大魔女は反対となった。

 つまり、あとはうたた寝の大魔女がどちらに入るかによって決着がつく。


 エシラに、大魔女に、さらにはこれを見ている観衆たちにも緊張が走る。


「ナフェル、君はどっちにするんだ」

「うーん……? むにゃ。うちは、トカゲちゃん好きなのよ」

「つまり……?」

「さーんせー」


 エシラは胸を撫でおろし、ミツキは胸を張ってふんぞり返った。


「ほら見たことかぁ! 残念だったねぇ‼」

「ぐぬぬ! 貴様ら、覚えておけよ‼」

「ぷっは~~‼ 見事な三流悪役ムーブで超うけるぜぇ‼」


 ドスドスと大きな足音を立てながらシュアロンはこの場を後にし、次々と大魔女たちはマイペースに立ち去ってゆく。

 もう終わりなのだろうかとエシラが首をかしげていると、目の前に人影がやってきた。


「ミツキ……さん?」

「色々勝手に言って悪かったな。ま、これから頼むぜ、エシラ。あたしのことは『師匠』と呼べよな‼」

「し、ししょー?」


 かくして、エシラは大魔女と喧嘩をした後に、大魔女の弟子になったのであった。

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