第9話 プスッと
「……それで? お前たちはなんでエシラのことを狙ったんだ?」
エシラを誘拐しようとした三人組を領主邸まで連れて帰り、現在はその理由を聞き出そうとしている。
狭い、圧迫感のある石の壁で作られた部屋にて、机を隔てて領主直々に問い質していた。
「仕事だ。人から頼まれた奴を誘拐して金を貰うっつー仕事だ。でないと妹が……家族が……」
「わ、私も裏関連の仕事だけど、仲間がいるから摘続けてた感じ、です」
「私は魔術の研究を続けるための資金やらコネやらを作るためであるな」
誘拐(未遂)の三人衆、それぞれの名はファミュ、リヤン、デディとなっている。
妹思いのファミュ、仲間思いのリヤン、魔術思いのデディの三人だ。
「誰から頼まれた」
「……優秀な魔術師もいるみてぇだし、嘘ついても意味ないな。――この土地の次期領主に頼まれた」
「なんだと⁉」
妹思いのファミュが、その人物を口に出す。
この土地の現領主は、何か不祥事や統治できなくなった場合に備え、予め次期領主を決定している。
その次期領主の名前は、
「〝テウォン・ヴェレーノ〟か……。悪い噂が絶えないやつだが、なぜエシラの存在がバレた? この情報は内密にしていたはずだが……」
「…………」
どうやらそれについては誘拐犯らは知らないようだった。領主が顎に手を添えて唸っている。
エシラはその時、一瞬だけ目を逸らした赤髪のメイドを見逃さなかった。
肩に乗っているアイと、羽虫が囁くくらいの小声で会話をし始める。
「ねぇ、アイ」
『ああ。多分、オイラたちの情報を流したのはあのメイドだよな。誘拐犯が接触してきたのもアイツが来てタールが去ったからだし』
「やっぱり、きにいらないからかな?」
『それとも、バレたくない秘密があるとか。……アイツが
「なんにせよ、じょうほうがたりないね。そのじきりょうしゅとおはなしできたらいいのに」
『次期領主はお前のことを狙ってるんだ。危険すぎるっての』
結局、真相は分からず仕舞いのままエシラ誘拐未遂事件は終わりを告げた。
次期領主がエシラのことを狙っていることから、領主邸にいることは危険と判断された。逆にスラム街で身を潜めていたほうが安全だと領主が提案したので、久々に戻ることとなる。
「それじゃあエシラ。
「わかった。がんばってね、りょうしゅ」
「ああ。君もな」
今度は、恐る恐るエシラの頭に手を伸ばす領主。それに対して彼女は、タールの背中に隠れて回避する。領主は再びしょんぼりした。
仕方がなかったとはいえ、一度自分の故郷を焼こうとした人物に心を完全に開くのはまだ先らしい。
そのままこの部屋を後にしようとすると、誘拐犯たちの言葉が足を引き留める。
「あ、エシラっつったか⁉ 仕事とはいえ傷つけて悪かった! どうも妹と似てたから良心が痛んでな……」
「私からも。まあ、謝って済む問題じゃないから、ちゃんと罪を償ってくる。この三人なら、怖くないわ」
「貴殿の魔術の才は未知数だ。いつ再開できるかはわからないが、その時また俺と手合わせ願いたい」
毒が抜けたような、同時にどこか気まずそうな三人。
「ちゃんとつみをつぐなってね。わたしも、まってるから。ばいばい」
彼らにそう言い残し、笑顔で手を振って立ち去った。
そのまま領主邸を後にして、タールと二人肩を並べて歩む。真っ黒な夜空に点在する光の粒を眺めながら、エシラはポツリと呟く。
「ゆうかいはんのひと、かぞくのためにあんなことしてたんだ」
「ま、手っ取り早く金を稼げるからなァ。あの領主はいい奴だが、いかんせん
「あのゆうかいはんのひとたち、ねっこはいいひとそうなのに……。かなしいね」
アイを抱きしめる力を強め、星空から地面へと視線が移った。
(やさしいひとがかなしくなっちゃうなんて……いやだなぁ。しあわせになってほしいなぁ……)
この満天の星空に幼い子供の願いを吐露したところで、世界なんか変わるわけがない。
エシラはそう自覚しつつも、星空に願い続けた。
『なあエシラ』
「なぁに、アイ」
『もしオイラがいなくなる時が来たら、同じように悲しんでくれるか?』
「……ひじょうしょくにじょうがわくのは、さんりゅうのあかし。ものしりのレンせんせーからきいた」
『三軒離れたとこに住んでやがるあのガキ! エシラになんてこと吹き込んでんだ‼』
本当はアイのことも大切だよ。
そう呟いてしまえば、なんだかどこか遠くに行ってしまうような……そんな気がして、ついついこんなことを言ってしまった。
――三日後の夜。
着実に魔術の腕が上がってきているエシラのもとに、領主であるフィオレンツォと誘拐犯グループの一人、仲間思いのリヤンが狼狽しながらやってくる。
「あれ、ふたりともどうしたの?」
「すまないエシラ……嫌なら断ってくれていい。何も聞かずに、俺たちについてきてくれないだろうか」
「お願いよエシラ! 私は……私はぁ……っ‼」
二人の異様な様子を見て、只事ではないと察する。
「いいよ。こまってるひとは、ほうっておけないから」
「ありがとう、本当に助かる。じゃあ行くぞ。【
領主に抱っこをしてもらい、足の裏から炎を放出して空を駆け始めた。
ふざけた様子が皆無の真剣そのもので、その緊張感がエシラにも感染ってゴクリと生唾を飲み込む。
しばらく落ち着きのない空中飛行をし、とある豪邸まで到着した。
ここはどこ? という質問が喉から出かけたが、「何も聞かずについてきてくれ」という言葉を思い出して口を押える。
「フィオレンツォ・エスターテだ。そしてこちらが件のエシラだ。通せ」
領主は門番をしていた騎士にそう言い、通過して豪邸の中へと入ってゆく。
相変わらず慣れない煌びやかな廊下を歩き、一つの部屋まで到着。中に入るとそこには、紫色の瞳をした不敵な笑みを浮かべる男性、それと――
「なに、これ……」
床でもがき苦しむ男性二人の姿が目に飛び込む。そしてその二人は、ファミュとデディだった。
皮膚には汗がにじむと同時に斑点が浮かび上がっており、呼吸は浅く、筋肉が痙攣している。
「おやおや。どうやら約束通り何も言わずに連れてきてくれたみたいですねぇ」
「このふたりになにしたの……‼」
「フム、プレゼントのつもりでプスっとしましたが、お気に召しませんでしたか……まあいいでしょう。初めまして、ワタシはこの土地の次期領主――テウォンです。以後お見知りおきを」
藻掻き苦しむ二人を、まるで置物かのように無視して話しを進めようとしていた人物。
彼こそが、次期領主でありエシラを押しわせようとした張本人――テウォン・ヴェレーノであった。
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