18 二人

 中山くんと一緒に保健室に来たけど、何を言えばいいのか分からない。

 そのまま保健室の先生が傷口にケアテープを貼ってくれた。


「次は気をつけて、擦り傷って言っても傷跡が消えない可能性があるから」

「はい……」

「はい、これで終わり」

「ありがとうございます」


 どうしてあんなことをしたんだろう、私……。

 でも、気になるから仕方がないことだった。何度もあの顔を見たから、あの寂しそうな顔を……。中山くんは一番仲がいい市川くんにも自分の悩みを言わなかった。


 私だけ、それを聞いたのは私だけだった。

 だから、ずっと気になって仕方がない。


「あのさ、菊池。ちょっと話……をしようか」

「あっ、うん……」


 すぐみんなのところに戻るつもりだったけど、今はもう少し中山くんと一緒にいることにした。いろいろ話したいこともあるし、このまま席に戻ると一人でまた変なことを考えるかもしれないから心配になる。


 私がそばにいてあげないと……。


「ごめん、俺のせいで菊池の顔に……」

「ううん……。中山くんのせいじゃないよ、悪いのは高橋だからね」

「でも、どうしてあんなことをしたんだ? 別に止めなくてもいいのに」


 また……。


「またそんなことを……! 自分のことをもっと大切にしてよ。好きでもない人に振り回されるなんて、中山くんの時間が勿体無い! 中山くんはいつもあの人のために犠牲したでしょ? だから、もういいよ!」

「そうか」


 中山くんはカッコよくて優しい人だけど、優しすぎてそれが毒になる。

 初めて中山くんと出会ったのは財布をどっかに落とした時だった。

 みんなに何も言えず、一人で探していた時、中山くんが手伝ってくれた。同じクラスだから当たり前だろと言いつつ、チャイムが鳴るまで一緒に探してくれた。私はいまだにそれを忘れられない。


 それでたまに挨拶をする関係になったけど、中山くんはいつも寂しそうな顔をしていた。いつも。


 原因は付き合っている彼女、私は知っていた。

 高橋は可愛い女の子だけど、性格が悪い。本当に悪すぎる。あんな人と付き合っている彼氏が可哀想に思われるほど性格が悪い。でも、実際高橋と付き合っている中山くんはずっと「いつか変わるだろう」とそんなバカみたいなことを話していた。


 そんなことできるわけないのに。

 そして私はそんな中山くんのために何かやってあげたかったけど、そのたびに「いいよ」ってそう言うから何もできなかった。


 その寂しそうな顔を、私がなんとかするつもりだったのに。

 つらいことがあるなら私に頼ってもいいのに。

 はなびちゃんに声をかけるのは予想外だった。


「役に立たなくてごめんね」

「そんなこと言わないで。菊池がいなかったら、俺本当にそのまま崩れたかもしれない。ありがとう、たまに話を聞いてくれて」

「でも、中山くんは私じゃなくてはなびちゃんに声をかけたじゃん」

「それは気になることがあったからだよ。あの二人、付き合ってないように見えるけど、付き合っている俺たちよりも楽しそうに見えたからさ。羨ましいっていうか、どうしてあんなことができるのか不思議だったから」

「…………」


 私は中山くんより弱いし、背も低いし、話を聞いてあげることしかできないけど、なぜか守りたくなる。守ってあげたい。

 そばにいるといつもそう思ってしまう。


「もしかして望月に声をかけて俺のこと嫌いになった?」

「そ、そんなわけないでしょ? ただ、私に相談しないからちょっと……」

「そうだよな、俺の話を聞いてくれたのは菊池だから。ごめん」


 そう言いながら私の頭を撫でる中山くん、その優しさと声が好きだった……。


「じゃあ、高橋と別れたから。もう寂しそうな顔しないで! 分かった?」

「うん。ありがとう。菊池」

「うん!」


 でも、中山くんに「好き」という言葉は言えなかった。

 あの人と別れた時点で「もういい」と思ってしまう。私はこの距離感が好き。


「そろそろみんなのところに戻ろうか?」

「うん」


 別れたばかりの人に「好き」とか、そんなこと言えない。

 本当にバカみたい。

 ダメって知っているのに、もうちょっと一緒にいたいって思ってしまうなんて。


「どうした? 菊池」

「うん? あっ、なんでもない! 行こう! 中山くん」

「もしかしてみんなのところに戻りたくないとか、そういうこと?」

「えっ? あっ! ううん! い、行こう」

「そう? もうちょっとここにいたいなら……、いいよ。俺もここにいたいし、あっちに戻っても颯太うるさいからさ」

「……うん」


 そのまま席に座る二人、中山くんもここにいたいって言ったから断らなかった。

 そのベンチでしばらくじっとしていた。


「すっきりした、本当に」

「そうだよね? でも、どうしてすぐ言わなかったの? チャンスならいくらでもあると思うけど」

「なんか、ずっと付き合ってきたから……。女の子はみんなそうかなと思ってさ」

「そんなわけないでしょ?」

「だよな。俺は男として我慢するべきことだと思っていた……」

「だとしても普通の彼女はそんな風に言わないよ。高橋はいつも……。いや、やめよう。余計なこと言いたくない」


 命令するような感じでいつも中山くんにいろいろ要求するから、それが嫌だった。

 気に入らない。あの言い方も振る舞いも全部。

 彼女のことを大切にするのは当たり前のことだと思うけど、高橋は逆に彼氏のことを大切にしない。なんか、ATMみたいな感じでずっと利用するだけ。尊重などなかった。


「菊池は優しいからさ、いい友達ができてよかったと思う」

「……な、何かあったら! すぐ私に相談してよ。私暇だし、もし忙しくなっても中山くんの電話にはすぐ出るから」

「へえ、そんなことまでしなくても……。でも、ありがとう。気遣ってくれて」

「うん!」


 やっぱり、今の距離感でいいと思う。私なんかが……。


「じゃあ! みんなのところに行こうか! 疑われるかもしれないしね」

「うん」


 早くみんなのところに戻って、今のことは忘れよう。

 そっちの方がいい。ずっとここにいたら中山くんの顔を見て……、つらくなると思う。


「うっ……!」

「危ない!」


 マジ? 信じられない。

 よりによって、このタイミングで躓くなんて。

 バカみたい。


「あっ! ご、ごめんね。ちゃんと前を———」

「大丈夫?」


 あれ? 私……、今中山くんに抱きしめられてるような気がするけど……。

 気のせいじゃない。私の腰に腕を回している。

 このまま振り向くとすぐ前に中山くんの顔がいるかもしれない。ドキドキしていた。


「あっ、うん。ごめんね!」


 そして振り向いた時、本当にすぐ前に中山くんの顔がいた。

 すごい、すごくカッコいい。


「よかった。足首は大丈夫? 歩ける?」

「うん。えへへっ、どうやら小石を踏んだみたい。ごめんね」

「いや、俺こそいきなり抱きしめてごめん」

「ううん! 大丈夫! 私は大丈夫!」


 そんなことをされるとドキドキしちゃう!!! 本当にバカみたいだ。私……。


「あっ、そういえば! 私たちまだ連絡先交換してないよね?」

「ああ、そうだな。聞く暇がなかったっていうか、クラスではあまり話さないからさ」

「せっかくだから、交換しよう!」

「うん、いいよ」


 連絡先も交換してないのに、すぐ電話に出るって言うなんて。このバカ。

 その場で連絡先を交換した私たちは、すぐみんなのところに戻った。


「二人っきりの時間は楽しかったの? すい」

「えっ!? わ、私! 何もしてないけど?」

「ふーん」

「すいちゃん、楽しかったの〜?」


 すぐ二人にからかわれてどうすればいいのか分からなかった。

 でも、あの二人には誤解されてもいいと思う。なぜだろう。


「旭、遅いよ!」

「ごめんごめん」


 席に座る中山くん。

 なぜか、男子たちと女子たちの間にちょうど二人が座れるスペースができていた。


「何してるの? 座らないの? すいちゃん」

「あっ、うん!」

「中山、何してるんだ。早く座って」

「あっ、分かった」


 よく分からないけど、すぐそばに中山くんがいる。

 なぜ?! 私たちさっきは離れていたのに、どうして!? 分からない。


「私たちはすいちゃんのこと応援しているからね? ふふっ」


 すると、そばにいるはなびちゃんが小さい声でそう話した。


「うっ……。何もしてないよ……! 本当に」

「嘘つき」


 ニヤニヤする凪沙ちゃんとはなびちゃんに私はその場でじっとするしかなかった。

 めっちゃ恥ずかしい。


「…………」

「ふふっ」


 笑いたければ笑え……!

 もう気にしない!


「どうした? 菊池」

「う、うん!? な、なんでもない!」

「そう?」

「うん!」


 恥ずかしい……。

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