文体屋の短編トレーニング

文大弥

第1実験:『手紙を拾った』ホラー

 街は、少なくともこの数日は、炎天下の、雨ひとつ降らない快晴のはずだった。


 人ひとり通れるかどうかの通りに一通、濡れた手紙が落ちていた。道は、もうすでに何年前かに閉めた居酒屋のある雑居ビルの狭間にあり、昼時の、特定の時分には、何故かしら激しい日射が降り落ちる。私がそこを通ったのは丁度その時分で、ただ、コンビニに寄る近道に過ぎなかった。


 手紙はどことなく、出来上がったばかりの、まだ瑞々しい死体を想起させた。簡素なレターパックは封じられたはずの口をだらんとあけ、その舌にあたる中身を力なく外界へと漏らしている。身体は、その多量に含んだ水分で黒ずんでいた。内部に収まりきらない黒い水は幾筋もの水脈を走らせ、いまにも焼け焦げるようなアスファルト上にじとじとと緩やかに、しかし留め止めなく流れた。どことなく異臭もした。ガソリンのような、ぐっと鼻の奥を探るような臭いだった。


  私は手紙を跨ぎ、道を急いだ。そして翌日にもおなじ道を通り、また例の手紙が、今度は乾き、体内の血液を失したように地面にひしゃげているのをみた。私は、どことなく、この手紙はこれで終わりなのだろうと思い込んだ。つまり、この手紙が放つ何かしらの違和は、その原因が解明されないまま、自然原則というごく当然なものによって処理されるのだと。


 私は、また翌日もこの道を通ろうと思った。ただコンビニへと寄る道の違和に過ぎないが、それでも、この一連を見届けたい欲求が私には生まれていた。


 翌日も雨はなかった。が、また道には手紙がある。いや、「まだ」どころか、あの乾いた、ほとんどアスファルトと同化しかかった手紙の上にはさらに二、三通の、真新しい死骸のような手紙が折り重なっている。


 重ねられた手紙はやはり濡れ、下敷きの手紙に、あの最早新たに溜め込む余力のないからからの紙に、無理やりあの黒い水を押しつけていた。それにより、紙は、一種の壊疽のように生々しい変色を、その僅かに晒した皮膚に現していた。


 これは翌日も、その翌々日にも起こった。つまり新たに濡れた手紙が先の手紙の上に積み重なっていたのである。下層は乾き、上層は溢れる黒水を止めようともせず滴らせていた。新しい死骸による、古き死骸への冒涜であるように。


 私は手紙を取った。最新の、一番上の死骸だった。


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