第2話 リンドウ①

 私の名前はリンドウ……。

騎士団に入団し、勇者を目指している女。

勇者とは……騎士団のトップに立つ存在……。

幼い頃……それなりにお金を持っていた私の両親から身代金を取ろうとした不届き者達によって私は誘拐されかけたことがある。

その際、偶然近くを通りかかった現勇者……ツキミ様が助けてくれたことで、すぐに救助され……犯人達はその場でツキミ様が逮捕した。

発見から解決まで……あまりに鮮やかだった。

しかも全く飾ることもないその姿勢に、小さな私は憧れを抱いた。

その事件以来……私はツキミ様のような勇者になりたいと心からそう思った。

彼のように……犯罪に巻き込まれた人を助けられる勇者になりたいと……。


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 だけど……現実的に見て、それは難しい夢だった。


”女は男よりも力が劣っている”


 昔からある古臭い常識……これが私の夢を妨げる要因。

この常識のせいで、歴代勇者は男性しか選ばれず……それどころか女騎士でさえ、偏見の目で見られる始末……。

そのせいで女騎士は、勇者だの正義だのを夢に見ず……ただ金持ちのイケメン騎士とお近づきになるための土台にしか価値を見出せずにいるのが現状……。

ただ……私の場合、要因はほかにもある。

いやむしろ……それこそ最大の要因ね。


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「リンドウ!! どこへ行くつもりだ!?」


 その要因となっているのは……私の父、スイセン。

普段は仕事でほとんど家を留守にしているけれど……今日はたまたま家にいた。


「どこにって……道場よ。 剣術指南を受けようと……」


「剣術だと? なぜお前がそんなことを学ぶ必要がある!?」


「私が剣術を学んじゃいけないの?」


「女に剣術など必要はない!! そんな無意味なことをする暇があるなら、良い男の元に嫁げるよう……スキルを磨いておけ!!」


 父は良くも悪くも……古い人間だ。

いや……実際には悪い意味合いの方が大きい。


「何度も言ったでしょう!? 私は勇者になりたいんだって……そのために、騎士団へ入団したいって……」


「勇者? 騎士団? 馬鹿馬鹿しい……女のお前がなれる訳がないだろう!

女は良い男の元へと嫁いで夫を支え、子を授かって育てる……それが女の役目だ。

身の程をわきまえろ!」


「どうして女だからってそう決めつけるの!?

家庭に入るだけが女の人生じゃないわ!」


 別に結婚そのものを否定したい訳じゃない……私だって、結婚には人並みの憧れは抱いている。

ただ……女の人生が結婚だけという父の考えが受け入れられないだけ。

そう……父はいわゆる男女卑下。

女は家庭を守り、子供を作るためだけに存在すると思っている……。


「なっなんて口の利き方だ……父親に向かって!!」


 パチンッ!


 顔を叩いたら女を問答無用で言いなりにできると思っている単調な所も嫌いだ。


「そもそもの原因はお前だ!!」


「ひぃ!!」


 父の怒りの矛先が、私を見送ろうとしていた母に向けらえた。


「一体何をしていた!? 母親のくせに、お前がきちんとした教育を施していないから……こんな反抗的な娘に育つんだ!!」


「もっ申し訳ありません!!」


 母はお見合い結婚という名目で父と政略結婚させれた身。

お互いに愛情なんてものはなく……父は母を召使いのようにこき使っている。


『なんだこの飯は!? もっとまともな飯は作れんのか!!』


『主婦のくせに掃除1つまともにできんのか!? これなら家政婦を雇った方がマシだ!』


『亭主が帰ってきたらまず風呂の用意だろう!? そんなこともわからんのか、このノロマ!!』


 母は父と顔を合わせるたびに怒鳴られ……時には今の私のように殴られることもある。

いわゆるモラハラやDVと言うやつね……。

専業主婦で父に食べさせてもらっている身故に反論することはできず……かといって別れたようにも支払わされるであろう慰謝料が怖くてそれもできない。

母は父に従うほかないんだ……。


「母親としての責務を全うしろ!!」


 仕事仕事で子育てを全くしなかったくせに、どの口が教育を語っているのやら……。

結局、この日は父のせいで道場に行くことはできなかった。

母は1日中父からモラハラやDVを受け続け……私は部屋に籠って勉学に励むことにした。


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「この淫乱女が!!」


「……」


 それから間もなく……母の浮気が発覚した。

相手は近所に住んでいる仲の良い女友達の弟……。

父からのモラハラやDVのことをよく友人に相談していたらしく……その最中に弟と親密になっていき、結果的にそう言う関係になったとか……。


「夫がいる身で……恥知らずが!! お前とは離婚だ!!

慰謝料もたっぷりと支払わせてやる!!

一生地獄を味わうがいい!!」


 当然、父と母は離婚し……私の親権は父となった。

母は莫大な慰謝料と浮気相手と共に支払うこととなり、しかもこの話が広まったことで……家族や友人達からも縁を切られたらしい。

それでも母は浮気相手と2人で生きていくと覚悟したらしく、父からの要求を全て受け入れた。

まあ……普段から父に散々な扱いを受けているんだから、母が浮気に走るのも無理はないとは思う……。

とはいえ、浮気は決して許されることじゃないのも事実……。

同情はするけど……自業自得は否めない。


「元気でね……リンドウ……」


 そう言って、母は浮気相手と共に去っていった。

長年可愛がってくれていた母との別れは寂しく感じはしたけど……私を置いて浮気相手とこれまで見たこともない幸せそうに出て行く母の顔を見ると、涙までは流せなかった。

これ以降、母とは一切会っていない。

父が母との面会を断固として許さないと言うのもあるけれど……私自身、母と積極的に会おうとはしなかったのも原因だろう……。


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 両親が離婚してからというもの……父の私に対する”教育”はさらに厳しくなった。

学業に専念させるためと称して、剣術道場を強制的にやめさせられ……結婚前の身を汚さないようにと、異性との交際や接触までも禁じられた。

もちろん納得のできない私は抗議したけど、父の意思は変わらなかった。


『お前の役目はこの私の優秀な血を後世に残すことだけだ!

それ以上、不要なことは考えるな!!』


 結局父は私を……というより、女そのものを子供を生む便利な使用人としか見ていないんだ。

そんなもの無視して好き勝手にすれば良い……と思うかもしれないけど、はっきり言ってそれは厳しい。

なにせ、父の部下が四六時中……私のことを見張っているのだから……。


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 実は私の父……騎士団に所属しているの。

肩書きは騎士団総長(きしだんそうちょう)……。

騎士団総長というのは騎士団のトップ。

騎士団のトップは勇者なんじゃ……と思うだろうけど、それは間違いじゃない。

表向きにはね……。

でも実際……騎士団を動かしているのは騎士団総長。

元々勇者というのは王と国に仕える聖騎士……。

騎士団のトップと世間では言われているものの……騎士団には所属していないので、完全に個人として独立している。

それでも昔は騎士団を自由自在にできる発言権を持っていたらしいけど……20年以上前に起きたデモによって勇者制度が改正されたことで、今はその権限を失っている。

いや失ったというより……譲渡と言った方が正しい。

勇者からはく奪された発言権……と言うべきか、支配権と言うべきか……。

とにかく、騎士団を自由にできる権利を……当時、騎士団のナンバー2だった騎士団総長に譲渡された。

ほかにも勇者が持っていた権利を総長に色々と譲渡されたとか……。

理由は勇者と騎士団の力関係を平等にするため……だと思うけど、詳細なことは発表されていない。

だけどそれにより……騎士団は勇者に頭を下げる立場であることは変わらないが、かつてのように勇者の言いなりになることもなく、勇者が犯罪を犯せば逮捕することも可能となった。


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 数万人規模の騎士団をまとめている父故に……部下に命じて私を見張ることも簡単という訳……だから私にはプライベートなんてものはなく……父の元に私の個人情報が渡っていった。

気に入らないことがあるたびに説教を受けるのはすごくストレスだけど……1番ひどいのは、人間関係の規制。

異性との接触はもちろん……同性の友達すら、育った家庭を基準に選別する始末……。

それに反して接しようとしても……みんなあまり私と仲良くしようとしてくれない……。

あとから知ったことだけど……父は権力や金を使って、私にふさわしくない人間が近づかないように影で釘を打っていたらしい……。

そのせいで自由に友達を作ることもできず、学校ではあまり交友関係がなかった。

前者はともなく、後者は脅迫罪に当たる……だが、騎士団の全てを取り締まっている父であれば、事実が表沙汰にならない限りは罪に問われることはない。

訴えなんて起こされたところで……裁判所と強い繋がりのある父であれば、証拠や証言をもみ消すなんてどうということはない。


『お前は私の言うことだけを聞いていれば良いのだ!!』


 説教のたびにそう吐き捨てる父を……娘を見張るために、権力者のような真似をする父を……私は心の底から軽蔑していた。


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 父に首輪を付けられているような私の人生だけど……悪いことばかりじゃない。

私には……心から信頼できる人がいる。

名前はコスモス……私の幼馴染。

幼馴染と言っても……10歳頃までは教室で少し談笑する程度の仲だった。

いやむしろ……近寄りがたい存在だった。


『見て、王子様よ』


『今日も素敵ねぇ……』


 透き通るような黒い目……つやつやした金髪……中世的で整った顔……。

まるで女の子が妄想する白馬に乗った王子様のような容姿。

その上、勉強ができ……運動神経も高い。

浮わついた噂も一切ない。

そんな男性として”完璧”とも言えるコスモスに、女の子達はみんな恋焦がれ……王子様なんて呼んで毎日目をハートにするのは必然なのかもしれない……。

しかも……彼の両親は現勇者であるツキミ様と巫女カルミア様。

どちらもこの国で知らぬ者はいない有名人であり……国王に近い権力者。

王子様と言うのも……あながち間違いじゃないわね。


『コスモス! そろそろ飯行こうぜ!』


『なあ、コスモス。 今日のテスト範囲教えてくれねぇか?』


 性格も真面目で他人への思いやりもあるため……同性とも良好な関係を築いている。

本当に女の子の理想がそのまま現実と化したような子……あまりに完璧すぎたため……私は逆に不信感を抱いて距離を取っていた。


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 そんな私とコスモスの距離が縮まったのは13歳の夏休み……。

私は家の近くの公園で剣の稽古を行っていた。

稽古と言っても……本で読んだだけの独学な上、持っているのもその辺で拾った木の棒……。

父に道場をやめさせられ、他の道場にも通わせてくれないから……こうして1人でやるしかないんだ……。


「はぁ! やぁ!!」


 もちろんこのことも部下の口から父の耳へと伝わるだろう……。

でも、そんなのは覚悟の上……。

あんな父親のために、夢を諦めたくない!

この努力がいつか実ると信じて……今日も棒を振る。


「……リンドウ?」


「えっ?」


 稽古で汗を流している中……急に背後から声を掛けられた。


「コスモス……」


 振り向くと……そこには半袖半パン姿のコスモスが立っていた。


「こんにちは。 剣の練習ですか?」


「えっえぇ……あなたは?」


「日課のランニングです。 基礎体力を付けて置かないと、騎士にはなれませんから……」


「騎士?……騎士団に入るつもりなの?」


「えぇ。 騎士団に入団し……ゆくゆくは父のような勇者になるのが夢なんです」


「えっ? あなたも?……!!」


 慌てて口を手で押さえたが……思わず声に出してしまった失言はすでに彼の耳に届いていた。


「あなたもって……もしかして、リンドウも勇者を目指しているのですか?」


「……悪い?」


 私はコスモスに馬鹿にされると思っていた。

女の私が勇者を目指しているなんて言ったら……誰もが笑い飛ばす。

世間では男女平等を支持するなんてよく聞くけど……こういう部分では、結局男女の差を否めることはできない。

だから友達にも、今まで私の夢について話したことはない。

別に笑いたければ笑えばいい……内心そう覚悟していたら……。


「とんでもありません。 素晴らしい夢をお持ちですね」


「はぇ?」


 コスモスの意外な言葉に、私は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


「馬鹿に……しないの?」


「馬鹿になんてしませんよ。 むしろ、あなたのようなライバルがいると聞いて、ますます頑張ろうと言う気になれますよ」


「ライ……バル?」


「そうですよ。 同じ勇者を目指すライバルじゃないですか……」


「そっそうね……」


 彼のその目に……偽りは見えなかった。

本心から私をライバルだと言ってくれているんだ……本心から私の夢を信じてくれているんだ……。

初めて私の夢を認めてくれたことに、私は嬉しさで胸が高鳴った……。


「ところで……さっきのすごく良い剣筋ですね。

実は私……剣術がとても苦手なんです。

騎士の必須事項なので頑張ってはいるのですが……どうにも上達しなくて……」


「そうなんだ……」


「もしよろしければ……私に剣術を教えていただけませんか?」


「えっ? 教えるって言われても……私のはただの独学だし……」


「独学? 独学でそれほどの剣筋を身に着けたのですか? 

すごいじゃないですか……ぜひ、ご教授願えますでしょうか?」


 やや強引ではあるけれど、私はコスモスに剣術を教えるようになった。

学校でなんでもできる完璧人間って、言われているのに……剣術の腕前は本人が語っている以上にひどいのは意外だった。

正直に言うと……初めは体の良い言い訳で私に近づこうしているのではと疑っていた。


「もう少し肩の力を抜いてみて……」


「えっと……こうでしょうか?」


「うん、そんな感じ」


 だけど……私に剣術を教わるコスモスの姿は真剣そのもので……下心なんてものは一切見えなかった。

私の教えたことをしっかりとメモしたり……一緒に昼食を取っている最中でも、メモを見ながらイメージトレーニングをするほどの徹底ぶりに……私は驚愕してしまった。


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「今日はありがとうございました」


 結局夕方になるまで、私は彼に付き合ってしまった……。

だけど……私自身も、学校で行き詰っていた数学の内容をコスモスに教わったりしていたから……お互いに良い時間を設けたと思う。


「こちらこそ……」


「あの……もしよろしければ、また剣術をご教授願っても良いですか?」


「えぇ……私で良ければ。 その代わり……私の方も、また勉強を教えてくれる?」


「もちろんです!」


「じゃあ、また!」


「はい……さようなら」


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 これ以降……私とコスモスは頻繁に会うようになり、その都度お互いに切磋琢磨するようになっていった。

時には互いに勉強を教え合い……時には互いに鍛錬で汗を流す……年頃の男女にしてはロマンも何もないけれど……私はすごく楽しかった。

何よりも……コスモスと過ごす時間は……私の心を満たしてくれる……。

彼の笑顔を見ると……彼と言葉を交わすと……すごく元気が出る。

それを私は友情と呼んでいたけれど……コスモスと接していく内に、その感情が違う何かに変化していくのを感じてはいた。


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 もちろん……コスモスとのことはあっという間に父の耳に届いた。

異性との接触をことごとく潰してきた父だったけど……。


『ツキミ様とカルミア様の息子か……伴侶としてこれ以上完璧な男はいないだろう……』


 コスモスが勇者と巫女の子供だからと……彼との関係だけは認可していた。

それどころか……コスモスと交際し、結婚までこじつけろとまで言ってくる始末……。

呆れてものも言えないとはこのことね……。

コスモスのことは好きだし、人として尊敬している部分も多い。

彼とそういう関係になるのも悪くないと思う自分がいるのも事実……。

でも……父の命令に従う形で彼と親密にはなりたくなかった……。

もしもそうなるなら……互いの気持ちを理解した上でそうなりたい。

父の醜い気持ちが絡まって、私達の関係を汚されたくない……。

だから私は……。


『私……コスモスのことそういう目で見てないから。 勝手なこと言わないで』


 父には自分の気持ちを偽り続けた。


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「コスモス、おはよう。 今日も早いわね」


「リンドウ、おはようございます」


 そうして今日も……コスモスと共に夢を追いかけ続けている。

親友として……ライバルとして……。

そして間もなく……夢への第一歩……騎士団入団試験が始まろうとしていた。


【一度区切ります。 

次話もリンドウ視点です。 by panpan】

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