第 12 話 帰路とルディの帰宅

「さて、本家も無事出ることができたし、のう、おぬし達は自分の家くらいわかるじゃろう?」


夕暮れの陽が西に傾きかけ辺りが薄暗くなり始めていた大通りで、レイはルディとギュンターに目を向けながら穏やかに言った。

石畳の道には馬車の轍が刻まれ、商人や職人たちが慌ただしく往来している。その間もレオはレイと手を繋ぎながら、行き交う人々の色とりどりの衣装や珍しい荷物に興味を惹かれ、きょろきょろと辺りを見回していた。

「うん、ここからならおれは帰れるぞ!」

ルディは胸を張り、腕を組みながら力強く答えた。赤い髪が夕陽に照らされて一層輝いて見える。

「僕も、ここまでくればわかります」

ギュンターも上品に頷く。肩まで伸びる白銀の髪が微風に揺れ、藍色の華美な服が夕闇に映えていた。

今日一日の出来事で心身ともに疲れ果てていた二人は、早く家に帰りたい一心だった。

「あぁ、おぬし達、さっきのことは他言無用じゃぞ?よいな?命が惜しかったら言わんことじゃ」

レイは突然口元を釣り上げて笑った。その顔は確かに笑っているのに、目だけは全く笑っていない。まるで氷のような冷たさを湛えた瞳に、二人は背筋に寒いものを感じた。

「お、おう…分かった!」

「わ、わかりました!」

その威圧感に圧倒され、ルディとギュンターは慌ててコクコクと頷くしかできなかった。

「いい子じゃな。ではおゆき……おぬし達の親もさぞ心配しとるじゃろうて…それと近道と称して裏路地を歩く出ないぞ?おぬし達にも今日一日守護魔法をかけておる何があるか分からんからの」

今度はレイの表情が一転し、祖父らしい優しい笑顔に戻った。その変化の早さに二人は安堵の息を漏らした。

「?……あぁ、分かった。……レオ、何かあったらおれに頼れよ!おれが助けてやる!……友達だからな」

ルディは名前を呼ばれて振り返ったレオを見つめ、最後の言葉を特に強調して言った。

レオはその言葉を聞くと、花が綻ぶように無邪気に笑った。

「うん!……ともだちになってくれてありがとう」

「レオ、僕もルディと同じだから……その、友達だからな」

ギュンターは少し頬を赤く染めながら、気恥ずかしそうにそっぽを向いて答えた。普段の高慢な態度からは想像できないほど可愛らしい仕草だった。

「うん!」

それを聞いたレオは満開の桜のように明るく笑った。二人も友達ができたことにより嬉しくてたまらないのか、祖父と繋いでいる手をぶらぶらと激しく振りながら、小さな足でぴょんぴょんと跳ねていた。

「じゃあな!必ず呼べよ」

「また会おうな」

二人は手を振りながら、それぞれ違う方角へ向かって歩き始めた。しかし数歩歩いたところで、なぜか二人とも走り出していた。今日の疲れなど忘れたかのように、一度も振り返ることなく駆けて行った。




「―――…た―――わた…――――…て!!」


辺りは閑静な住宅街に差し掛かり、沈みかけた陽に街並みがぼんやりと沈んでいた。街灯がなければ、すぐに視界が闇に呑まれてしまいそうだ。

ルディが自宅の通りに差し掛かったところで、その声は聞こえてきた。最初は何事かと思い辺りを見渡したが、声の主が自分の両親だと気づくと、恥ずかしさで頬が赤くなった。

行き交う人々が皆、声のする方向に視線を向けているのが見えたからだ。

「……いい歳こいてんのに恥ずかしい親だな」

ルディは頬を染めて、顔に手を当てながら深いため息を吐いた。

他人のフリをしようかと本気で迷っていると、信じられない言葉が両親の口から飛び交っているのが聞こえてきた。

「あなた!止めても無駄です!私は……私は行きます!は〜な〜し〜て〜!」

母親の絞り出すような泣き叫ぶ声が響き、それに父親の重い声が重なった。

「何を言っているんだ!お前まで行ったら俺はどうすればいい。犠牲になるのは一人だけでいい……お前もルディが生まれた時に分かっていたはずだ。本家の言うことは絶対だ。逆らえん。五年もったってだけでも俺達は幸せだったさ……ルディは諦めろ……ルディは……グズッ……ズビッ……もう、死んだんだ……」

「おい、おい、おやじ、おれを勝手に殺さないでくれ……」

ルディは眉を寄せながら内心突っ込んだ。

「私は、信じられまぜん…………ヒック………ざって…………ずぐにおがあさんただいまって声がきごえそうなんでず………ブェ………ズズッズ!!!!」

盛大に鼻を啜りながら答える母親を見て、ルディはまた内心で突っ込んだ。

「母さん、顔はそんなに悪くないのに泣くと本当にブサイクになるんだよな……てか、なんて言ってるか正直よく聞き取れねえし……」

「何を馬鹿なことを言っているんだ……お前は……ルディは死んだんだ……」

父親も鼻声で答えている。

「何回も言うぞ!おれを勝手に殺すな!」

ルディは再び内心で抗議した。

嘆く両親にしびれを切らしたルディが玄関に向かうと、その光景に目を見張ることになった。門灯が頼りなく周囲を照らす玄関先にはシートが敷かれ、急造の茶の間ができあがっていたからだ。

まるで野外キャンプでもするかのような設備に、ルディはしばらく放心状態になったが、両親は相変わらず嘆き続けていた。


「………………ただいま」


周りの好奇の視線にいたたまれなくなったルディだったが、いつからこの茶番をやっているのか知らないが、これ以上続くと隣に住む老婦人ばばぁから苦情が来るのは確実だった。彼女はブルドッグにそっくりな顔をしており、近所では「ブルドッグばあさん」と呼ばれていた。その苦情の声を想像するだけで鳥肌が立ったルディは、恥ずかしさを我慢して声をかけることにした。


「……あなた?ルディの……ルディの声が聞こえるわ!」

顔を覆っていた手を離し、母親が父親に問いかけた。

「……俺も聞こえた。ルディの声だ!」

片手で顔を覆っていた父親も顔を上げ、母親を見つめた。二人は手を取り合って、声のする方向へ視線を向けた。

「ただいま!!」

あまりのシンクロぶりに、ルディは鼻で笑いながら気まずそうに繰り返した。

「あぁ……神様!ルディ……」

母親は歓喜の声を上げ、両手を大きく広げた。ルディは羞恥心から思わず俯いてしまった。

「ルディ!?……本当だ、ルディだ!……こっちへおいで」

父親も最初は目を見開いて呆然としていたが、母親の声で我に返ると目を細めて手招きをした。

「……うん」

両親の痛いほど熱い視線に耐え切れず、ルディはスゴスゴと近づいていった。母親まであと一歩というところで、我慢できなくなった母親の方から力いっぱい抱きついてきた。

「ぐえっ……かっ、母さん……くっ、苦しい……もっ、もういいだろ?は……離して……」

「うん……うん……ルディ……本当にルディだわ。私の可愛い息子」

ルディの抗議の声など聞こえていないかのように、母親はポロポロと涙を流しながらギュウギュウと締め付けた。

「あぁ、お前と俺の自慢の息子よ……無事で本当によかった」

そう言って、父親も母と子に抱きついてきた。

「だから苦しいって言ってんだろうが!てか、なんでおやじも母さんもこんなに泣いてんだ!?……大げさだって朝会っただろう?もう…恥ずかしいなぁ!!」

ルディは締め付けられて喋ることもできなかったが、少し力が緩んだおかげで考える余裕が生まれた。


「この子は全く!!何言っているの!?」

「お前と本家に行ったのは1週間も前だぞ」

耳元で大声で叫ばないでほしい…と思ってしまったルディであった。

「1週間?えっ…え――――――ッ!!?」



まるでその叫びに呼応するかのように、隣の住宅の扉がゆっくりと開いた。

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