第 8 話 偽りの救いと迷宮の真実

応接間に閉じ込められて、なんだかんだと言いつつ時間が経っていた。

「いつになったら出られるんだろうな?じっとしてるのも疲れたぜ……」

長椅子に横になったルディは天井を見ながらつぶやいた。

「お前たちは僕より後に来たから分からないだろうが、お前以上にここにいるぞ……それは僕のセリフだ」

椅子に座りながら窓の外を見ていたギュンターは、不愉快さを露わにしていた。応接間の壁掛けの時計を見ると、三人が閉じ込められてから早くも2時間が経過していた。

「……おかしいな」

ギュンターが腕を組みながら、正面の窓と左手にある窓を交互に見つめていた。

「ん~……?何がおかしいんだ?」

「お前、ここに来て何時間経過してるか分かるか?」

「ん~~?……2時間経ってるな」

「よく見ろ、この窓の景色を」

「はぁ?……普通に庭だな?」

「太陽の位置が変わっていないだろうが!……それにもう一つの窓!全く同じだろう?」

言われてみれば確かにおかしかった。2時間も経過しているのに、太陽は全く同じ位置にある。しかも、異なる方角を向いているはずの2つの窓から見える景色が、まるで瓜二つなのだ。

「言われてみればおかしいな~」

ギュンターはルディを睨みつけていた。

「この窓から見える景色はあてにならない……扉から出て出口を探すべきだ」

「ここで2時間だとしても、屋敷の外はそうとも限らないな……扉から出るとしても、そもそも開かなかっただろうが!」

「じぃじが、むかえにくるっていってたよ?ここにいたほうがいいよ……」

長椅子に腰掛けていたレオが二人を見て答えた。

「そんなのあてになるか!お前にはじぃじっていう迎えが来るだろうが、おれの親は来ねぇよ!」

「なんで?」

「しばらく本家預かりになっただけだ……不本意だがな……」

「僕もだ……当主の命令だしな……逆らえないんだ」

ルディとギュンターは腕を組みながら苦笑した。どうやら二人とも、この屋敷に預けらるようになったようだ。

「ふ~ん……じぃじがむかえにくるから…そしたらいっしょにかえろ?」

「迎えが来たらな……」

「うん」

二人は楽観的なレオに呆れた。しかし、その純真さに少し救われる思いもあった。


さらに2時間後……


「もう我慢できねぇ!おれは帰る!絶対帰る!」

うがーと言いながら立ち上がるルディは、拳を作って天井に向けた。

「黙れ。横で叫ばれると不愉快だ」

ギュンターは長椅子に腰掛けていたが、ルディの叫びと同時に耳を塞いだ。向かいの席に座っていたレオは、突然叫び出したルディにビクッと反応していた。

「だって時間見てみろよ!もう2時間、あれから2時間経過してるんだぜ!?おれは何もせず座ってるのが大っ嫌いだ~~~!」

「だから叫ぶな。うるさい……叫ばずとも聞こえてる」

「ルディにぃ……おちついて…?まだすこししかたってないじゃん」

「レオから言われるとは……悲しくないか?」

ギュンターは隣のルディを見つつ哀れんだ。なおも騒ぎ立てるルディに眉を寄せ、席を立ってレオの横に腰掛けた。

「お前ら!これが落ち着けるか!……そしてギュンター!お前は何気に酷いぞ!」

「知るか……レオ、ああいう奴は短気って言うんだぞ?僕と同じ顔をしてあいつを見るんだ、いいか?」

「うん。たんき……ルディにぃたんきなんだね?」

ギュンターの表情を真似て、レオもそれに習いながらルディを見た。

「……~~~~~っ分かったよ!待つよ!待てばいいんだろうが!」

興奮して立ち上がっていたルディは、長椅子が軋むくらい勢いよく腰掛けた。


さらにさらに2時間後……


「~~~~~っ!」

ルディは表情を険しくし、貧乏ゆすりをしていた。もはや限界が近いことは明らかだった。

「……言いたいことは分かってるから、叫ぶなよ?それと…念のために聞くが…花摘みの方ではないだろうな?」

ギュンターは足を組みながら、閉じていた目を開けた。

「違う!!」

ルディは顔を真っ赤にしながら叫ぶ。

「閉じ込められてだいぶ時間が経つし!もういいだろうが!?」

「ちゃんと、じぃじがむかえにくるよ?じぃじ、うそつかないもん」

レオは困り顔を作った。純真な瞳で二人を見つめる。

「これ以上待ってられるか!おれは充分待った!扉を壊してでもおれは帰る!」

ルディは立ち上がり、ずんずんと扉に向かった。

「おい、落ち着け。扉を壊して空間が歪み、下手したら一生帰れなくなる可能性があるんだぞ!」

ギュンターも立ち上がり、ルディの腕を掴んだ。

「離せ!お前のような貧弱野郎の言うこと聞いてられるか!」

ルディは腕を掴む手を振り払った。二人は今にも掴みかかる勢いになり、レオも慌てて仲裁に入った。

「ルディにぃ、ギュンにぃ、けんかだめよ~……じぃじがむかえにくるまでまとうよ~」

「うるせぇ~!?迎え、迎え言いやがって!いつ来るんだよ!?来ねぇじゃねぇか!いい加減にしろ!来もしない奴待ってても仕方ないだろうが!うんざりなんだよ!」

「ルディ!八つ当たりするな。お前がレオより年上だろうが……」

「っち!」

ルディはレオから視線をそらした。その瞬間だった。


ガチャ……キィ……


扉がゆっくりと開いた。三人は開けた人物に視線を向けた。そこに立っていたのは、一人のメイドだった。

「お待たせいたしました。ディ様、トール様、スパナ様、今からしかるべき場所へご案内いたします。どうぞこちらへ……」

ピシリと着こなしたメイド服を身にまとった女性が立っていた。ブロンドの髪を整え、青い瞳を持つ美しい女性だったが、表情を崩さず淡々と話す様子はどこか機械的だった。

「やっとか。待ちくたびれたぜ……」

肩のコリをほぐしながら、ルディはメイドの後に続こうとした。

「迎えが来てよかった。僕も正直限界に達していたしな」

ギュンターはため息をつき、表情を緩めて歩を進めた。

メイドに促されて廊下に出ようとしたが、レオが一向についてくる気配がなかった。二人は振り返った。

「おい、レオ何してんだ?行くぞ?」

「せっかくメイドが迎えに来たんだ。ちゃんと案内するって言ってるから、レオも来い」

二人がレオを促したが、その表情は顔面蒼白だった。小さな体が小刻みに震えていることに、二人は気づいた。

「……ねぇ、ここにいようよ?じぃじがきっとむかえにきてくれるよ?」

やっと絞り出した声は震えていた。そう言ってレオは二人の手を握った。その手は冷たく、震えていた。

「何を言っている?レオ、大丈夫か?……さすがの僕もレオの言葉は聞けない」

「お前馬鹿か!?だから迎えにもう来てるだろうが!……後レオ、じぃじが迎えに来るってさっきから言ってるが、一向に来ねぇじゃねぇか!いい加減聞き飽きたぞ!」

ギュンターは不愉快さを露わにし、ルディは怒りを顕にした。レオは俯きながら首を激しく振った。

「……だめ……いっちゃいや……ぼくとここにいてよ……おねがい……」

レオは俯いたまま涙声を出した。それを見た二人は、あまりの拒否ぶりに怪訝に思った。

「なら……お前だけそこにいればいいだろうが!おれは早く終わらせて帰りたいんだ!」

「そうだな。レオだけここにいればいい。ここから出られたら迎えを寄こしてやる」

繋いだ手は、片方は乱暴に外され、もう片方はゆっくりと外された。そして二人は踵を返し、メイドの後に続いていく……

「!!~~~~~~っまってよ~……いっちゃやだ!」

レオは尻込みしていたが、置いていかれてしまうと恐怖し、慌てて駆け出して二人の手をまた繋いだ。

「レオ、歩きにくい……」

「お前そんなにくっつくなよ!」

二人は鬱陶しげにレオを見やったが、あまりの震えように怪訝に思いつつ、安心させるために黙って握り返した。その行動にレオは少し表情を緩めたが、顔面蒼白は変わらなかった。


「大変でしたでしょう?当主様が全く違う場所をご案内していたものですから、探すのに苦労いたしました」

前を歩くメイドは労いの言葉をかけた。長い廊下を、今度は扉を出て左手に向かって歩いていた。

「全くだ。どんな案内の仕方してんだ!?」

「あんなに入り組んでいれば時間もかかるな……」

ルディとギュンターは同感だというように頷いた。歩く間もレオは周りをキョロキョロしながら、今にも泣きそうだった。


随分と長い廊下を歩き、突き当たりを曲がり、階段を上がり、また突き当たりを曲がり、今度は階段を下って……やっと目的の場所へ到着したのか、一つの扉の前でメイドは立ち止まって横にずれた。

「お疲れさまでした。さあ、こちらの扉の向こうがそうです」

「……屋敷の面積よりも歩いた気もするが……」

「歩き疲れたぜ……ん?どうした?レオ……行くぞ?」

二人が案内された扉に向かって歩みを進めようとしたが、レオが必死になって引っ張って進めなかった。二人は不思議に思った。

「だめ!……だよ……だめ!いっちゃやだ!うぅ~~~……ふえ~ん……いかないで~ヒック!……」

とうとうレオは泣き出してしまった。嗚咽を吐きながら首を振る。

「どうしたんだ?」

「お腹痛いのか?」

「フフッ……スパナ様は仕方がないですね……ここまでぐずる子なんですね?……では私が抱っこして……差し上げます……ね!」

メイドは二人を引っ張って離さないレオに向かって微笑んだ。コツコツと歩みを進め、言い切る前には不敵な笑みを浮かべながら近づいてくる。

「だめ~~!!いやー!くるな!くるな~!」

レオは二人から手を離し、激しく手を払う仕草をした。

メイドは瞬時に殺気を露わにし、手を振り上げた。二人はいきなり立ち上がった殺気に身を竦ませる。

「なっ!?」

「くっ!この魔力は……こいつ魔族か!?」

恐怖のあまり、レオは目を瞑った。

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