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  • 第1話  隣人への応援コメント

    「でも わたしは その時

    そばにいたかった」

    このお言葉……切ないですね……(:_;)

    作者からの返信

    縞間かおる様。ありがとうございます。この切なさも、体験してみたいという願望なんですよ。もう、ありえないことだから。そのことの方がせつない。

  • 第1話  隣人への応援コメント

    ただ今、絶賛不調中です。

    優しい隣人がいて、「休んだら」と言って欲しいもんです。
    ちょいとすいませんけど、お宅のソファええですねぇ。
    寝かせてもらえません?

    そしたらゴミ屋敷みたいな頭の中が片付くような気がします。
    あ、耳の穴から何か出てきたですぅ、、。

    うそかまことか?
    それは話してみないとわからない。ふふふ。

    作者からの返信

    ゆっくり休んでください。いいおばあちゃんはいっぷくです。気づかいはいらないですよ。そこでも、ここでも。

  • 第1話  隣人への応援コメント

    相手がいるから隣人(自分)という存在が、かそけき光のように存在する。物体としての存在感はあるけれど、情緒というか心としての存在は針の穴に糸通すような繊細さなのかなぁと、考えさせられました。

    作者からの返信

    めらき様。ありがとうございます。相手がいて自分がいる。そこまでは当たり前のこと。でも、そこに特別な情緒を通わせることは、まさに「針の穴を通すよう」に難しいのです。高校生がクラスメイトに「好きだよ」というのとは違い、懸命に生きている同士なら、なおのこと、その思いに責任を持つ必要が出てきてしまう。結婚が儀式として制度化されているのは、そういうことなのかなあと思います。

  • 第1話  隣人への応援コメント

    「うそを言っている」という可能性。
    そこに思いを届かせてなお、隣人の隣人である自分でいたい。
    そんな気持ち、わかる気がします。

    詩だから、読み手も自由に自分の思いをゆだねていいと思うので。
    たとえば小説の人物をだって、隣人にできるかもしれないと、想像しました。(そう書かれているわけではないことは、わかっているつもりなのですが)

    作者からの返信

    紅戸ベニ様。ありがとうございます。小説の人物、あるいはアニメのキャラクター、大いにあると思いますね。私には、ポンロボの6人はもはやキャラじゃない。確かに隣にいます。ウインの思いは共有できているつもりです。