第10話 鉄の遺民の記録
小村の結界が安定石の紫光で輝く朝、悠太とリナは流浪の民のキャラバンと別れた。
朝陽が色あせた天幕を照らし、子供たちが馬に干し草を投げていた。
荷馬車の木枠には鉄の遺民の刻印が刻まれた水瓶や鍋が揺れ、干し魚と焦げた革の匂いが漂う。
馬がいななき、子供の笑い声が黒い病嵐に溶けていく。
流浪の民の案内人、痩せた老女が馬車の陰からぼろ布の地図を広げ、震える指で荒野の先を指した。
「鉄の遺民の廃墟は四十五キロ先にそびえている。神殿への道と結晶の記録がある。だが、腐敗した荒野は使徒がうろつき、徘徊獣が徘徊する危険な場所だ。」
リナが地図を覗き、紫の瞳を鋭くした。
「廃墟の機械ってどんなもの? トラップは?」
老女が鉄の遺民の刻印が輝く杖を握り、目を細めた。
「崩れた塔、錆びた歯車、鉄の槍が散らばる。昔、鉄の遺民は黒の深淵と戦い、影を弾く機械を作ったが、病嵐に飲まれた。使徒がその機械を操る噂がある。」
悠太がポケットの欠片を握ると、紫の星屑が指先で揺れ、鋭い痛みが腕を突いた。
まるで冷たい針が骨を刺す感覚だった。
彼は村の子供たちの笑顔を思い出し、拳を握った。
(この力が村を守る鍵なら、絶対に制御しないと。)
「黒の深淵って、なんで結界を壊そうとするんだ?」
リナが短剣を手に、肩をすくめた。
「ゼルヴァスの意識だ。封印された影の王が、病嵐を通じて使徒や徘徊獣を操り、結界や心核を破壊して復活を企む。村が滅べば、影の民は終わる。」
老女が頷き、刻印のナイフを悠太に渡した。
「これを持っていけ。廃墟の機械は不安定だ。記録を守る使徒が潜んでいる。」
悠太がナイフを受け取り、紫の光が揺れた。
「ありがとう。リナと一緒なら、なんとかなるよな。」
リナが鼻で笑い、視線を逸らした。
「バカ、頼る前に自分で動け。道具、ちゃんと持った?」
悠太が背囊を叩き、笑った。
「リナの短剣、切れ味落ちてないか? 俺が磨いてやろうか?」
「余計なお世話。さっさと行くぞ。」
リナの声に軽い焦りが混じり、紫の瞳が揺れた。
老女が笑い、杖を突いた。
「若いな。だが、信頼は強い。村を頼むぞ。」
キャラバンの子供が手を振る中、二人は荒野へ踏み込んだ。
腐敗した荒野はひび割れた土に覆われ、黒い病嵐が膝まで這う。
枯れた草が風に揺れ、まるで骨が擦れる音を立てた。
腐敗の匂いは鼻を刺し、焼けた鉄と腐った果実が混ざる。
紫の星屑が宙で瞬き、影の脈の残響が荒野を震わせる。
悠太が欠片を握ると、痛みが胸に響き、まるで心臓に冷たい火が灯るようだった。
(村の結界…俺が守らないと、子供たちの笑顔が消える。)
「この荒野、気味悪いな。廃墟までどのくらい?」
リナが短剣を構え、周囲を警戒した。
「二、三日だ。病嵐が濃いから、道を見失うな。神殿は廃墟から五キロ先だ。」
荒野の先に崩れた塔が見えた。
鉄の遺民の廃墟だ。
錆びた鉄骨が空を突き、歯車が地面に埋まる。
刻印が紫の光で揺れ、まるで過去の戦士の叫びがこだまする。
悠太が歯車に触れると、冷たい金属が手に馴染んだ。
刻印が紫に脈打ち、まるで意志を持つようだった。
「鉄の遺民…どんな戦いしてたんだ?」
リナが肩をすくめた。
「黒の深淵と戦った。影を弾く機械や槍を作ったが、病嵐に負けた。使徒が機械を使ってる可能性が高い。」
遠くで徘徊獣の咆哮が響き、黒い病嵐が濃くなった。
草が揺れ、紫の蛇牙が光る影がちらつく。
「リナ、糸の新しい技教えてくれ。網みたいに広げたい。」
リナが荒野の岩を指した。
「岩を囲むイメージだ。糸を広げて、縛網を作る。敵を封じるんだ。」
彼女が短剣を振り、光の縛網が岩に広がった。
紫の光が網目を作り、岩を包んだ。
「こうだ。風の流れを捉えろ。敵の気配を想像しろ。」
悠太が欠片を握ると、紫の星屑が弾け、痛みが腕を刺した。
まるで冷たい刃が骨を削る感覚だった。
糸を広げ、光の縛網が岩に届くが、網目が崩れた。
「くっ、広すぎると弱い!」
リナが悠太の肩を叩き、姿勢を直した。
「焦るな。敵が飛びかかる瞬間を想定しろ。風を借りろ。」
悠太が集中し、光の縛網が岩を包んだ。
網目が安定し、紫の光が強く脈打った。
「できた! 網、張れたぞ!」
リナが頷き、厳しく言った。
「悪くない。次は塊だ。分裂させて、複数標的を狙え。」
悠太が欠片を凝縮し、紫の球が分裂。
二つの塊が岩に当たり、表面を砕いた。
「すげえ! リナ、これで戦える!」
「バカ、調子に乗るな。敵はもっと速いぞ。」
リナの声に指導の厳しさが混じり、紫の瞳が鋭く光った。
(この力をもっと磨けば、村を守れる。)
荒野の奥で徘徊獣が現れた。
狼型の小型獣、二匹。
紫の蛇牙が光り、咆哮が荒野を震わせる。
リナが光の縛網を広げ、獣の足を封じた。
「悠太、分裂弾だ!」
悠太が塊を凝縮し、二つの紫の球が獣に飛んだ。
光が爆発し、獣が倒れる。
「やった! リナ、連携バッチリだな!」
リナが肩をすくめ、厳しく言った。
「遅かったぞ。動きを読め!」
廃墟の影が近づき、鉄の遺民の塔がそびえる。
鉄の遺民の廃墟は荒野の中心にそびえていた。
崩れた塔が空を突き、錆びた鉄骨が骨のように絡まる。
地面には歯車や鉄の槍が散らばり、刻印が紫の光で揺れる。
影の脈の残響が廃墟を震わせ、まるで過去の戦いがこだまする。
黒い病嵐が床を這い、腐敗の匂いが鼻を刺す。
焼けた金属と腐った木の匂いが混じる。
悠太が欠片を握ると、痛みが強くなり、まるで骨が軋む感覚だった。
(この記録が神殿への道なら、絶対に手に入れる。)
村の子供たちの笑顔が脳裏に浮かんだ。
「記録ってどこにあるんだ? 使徒はどんなやつ?」
リナが短剣を構え、塔を見上げた。
「塔の奥だ。石板や機械に刻まれてる。神殿の結晶や使徒の情報があるはずだ。」
塔の基部で金属の軋みが響いた。
錆びた装置が動き、紫の光が漏れる。
歯車の隙間から黒い病嵐が滲み、まるで機械が毒を吐くようだった。
「この機械、動いてるのか?」
リナが頷いた。
「使徒が操ってるかもしれない。油断するな。」
突然、塔の頂から影が飛び降りた。
「鉄影の監視者」、使徒の尖兵だ。
人型獣、鉄の遺民の鎧をまとい、紫の蛇牙が光る。
「ゼルヴァスの影が全てを覆う!」
監視者の声が廃墟に響き、黒い病嵐が濃くなった。
霧が悠太を包み、幻影が襲う。
鉄の遺民の戦士が倒れ、塔が燃える幻が浮かんだ。
戦士の叫び声、機械の爆発音、血が紫に染まる。
ゼルヴァスの影王が現れ、冷たい笑みを浮かべる。
「うっ、なんだこれ!」
悠太が膝をつき、欠片を握った。
痛みが胸を刺し、まるで心臓が締め付けられる感覚だった。
(村がこんな風にやられるのか? いや、守る!)
リナが糸を振り、光の縛網が監視者の腕を封じた。
紫の光が網目を作り、まるで光が編まれた檻のようだった。
「幻影だ! 欠片に集中しろ!」
監視者が哄笑し、霧が濃くなる。
「外来者、滅びな! ゼルヴァスが目覚める!」
監視者の蛇牙が空を切り、紫の軌跡がリナの腕を掠めた。
血が紫に染まり、リナが歯を食いしばる。
「悠太、分裂弾だ! 動きを読め!」
悠太が欠片を凝縮し、紫の星屑が固まった。
二つの紫の球が監視者の胸に飛んだ。
光が尾を引き、鎧に亀裂を入れる。
監視者が咆哮し、鉄の遺民の機械が動き出した。
錆びた槍が連射され、爆発装置が唸る。
槍が塔の壁を貫き、紫の火花が散った。
爆発装置が轟音を上げ、鉄骨が崩れる。
歯車が回転し、地面が震えた。
悠太が後退すると、槍が地面を抉り、岩が砕けた。
小型徘徊獣、狼型が三匹、監視者に従い襲いかかった。
紫の蛇牙が光り、咆哮が廃墟を震わせる。
リナが光の縛網を広げ、獣を包んだ。
「悠太、網で封じろ!」
悠太が糸を織り、光の縛網が獣を拘束。
五本の糸が網を作り、紫の光が安定した。
「やった! リナ、塊だ!」
悠太が分裂弾を放ち、二つの紫の球が獣を倒した。
リナが短剣で監視者の腕を狙い、血が紫に散る。
「バカ、監視者に集中しろ! 動きを読め!」
監視者が霧で幻惑し、ゼルヴァスの幻影が再び浮かぶ。
影王の笑い声、村の炎、子供の泣き声が響く。
(俺が守らないと、村が終わる!)
悠太が叫び、光の縛網を広げた。
網が監視者の足を封じ、リナが短剣で胸を突いた。
「今だ、悠太!」
悠太が分裂弾を連射、三つの紫の球が監視者の鎧を砕いた。
監視者が倒れ、霧が薄れる。
徘徊獣が病嵐の中に逃げ、廃墟の静けさが戻った。
悠太が息を整え、リナの腕を見た。
「お前、怪我してる! 大丈夫か?」
リナが視線を逸らし、厳しく言った。
「バカ、ほっといてよ。自分も傷だらけだろ。」
悠太が笑い、リナの肩に布を押し当てた。
「リナの言う通りだな。次はもっと早く動く。」
「ふん、ならちゃんとやれよ。」
リナの紫の瞳が揺れ、信頼の光が宿った。
老女が近づき、頷いた。
「いい連携だ。神殿への道は記録に刻まれてるぞ。」
塔の奥で鉄の遺民の記録を見つけた。
石板に神殿(五十キロ先)の結晶と同盟村(三十五キロ地点)の情報。
「結晶は心核を守る鍵…同盟村で仲間が待ってる?」
リナが頷いた。
「そうだ。結界を強化するなら、村で準備が必要だ。」
二人は廃墟を後にし、紫の光が揺れる荒野を進んだ。
(神殿で結晶を手にすれば、村を守れる。)
悠太の心は、成長と共に強く脈打っていた。
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