記憶をなくした悪役令息、チート覚醒でヒーローになる
@SIGNUM
ある男の復活/sの目覚め
ある男の喪失
第1話:再誕
――彼の記憶は、どこか胡乱な響きと共に始まった。
「お前は勘当だ、サンジュ!貴様のせいで我が家は大損だ!我が家の恥さらしめっ!」
「…………はぁ…………?」
橙の――だいだい?なんだそれ?――髪を振り乱した男は、サンジュと呼ばれた何かに向けて、怒声を放っている。
「我が家の家宝たる魔道具までを持ち出しておきながら、あんなどこの馬の骨ともわからん凡骨に決闘で敗れるだなんて……お前は最低最悪の恥さらしだ!貴様のような人間を産んでしまったとは……ヴィントミューレの名にここまで泥を塗ったお前などもう由緒正しき我らが一族に必要ない!勘当だ、勘当!」
何やら大事のようだが――はてさて、この人物はなんだって自分に向けて叫んでいるのだろうか?
首をひねる、何かがおかしい。
そもそもここはどこで――そもそも、どことはなんだ?
何が起きているのか、そもそも、じぶんは何がわかっていないのか?
わからない――わからないとは何だ?
「あ、あの~……」
気の弱そうで、かつか細い声が響く――それが自分の声だと気が付いたのは、少し後の事だ。
「なんだ、謝罪ならば――」
「いや、その……申し訳ないんですけど、どちら様で……?」
心底、それが疑問だった。
この人物は誰だ?
おそらく、自分に向けて怒り――それが何かも、やはりわからないが――を向けているこの人物に、彼は心からの疑問を発した。
「――ふざけるのも大概にしろ!謝るのかと思えば…………!」
しかし、その疑問はこの人物にとって、決して愉快な質問ではなかったらしい。
何やら急激に怒り狂ったこの人物に、彼は困ったような視線を向ける――何がどうなっているのかわからないのだ、こんな顔しかできない。
「もうお前のことなんぞ知らん!貴様にはこれまでの養育にかかった資産全てを要求し、追放処分とする!魔道具も回収だ!金輪際、お前は我が家との関係を断つ。もはやヴィントミューレ家の住人でもなければ、わが子でもない!」
けたたましい響きが、耳朶をたたく――顔が赤黒い、体に悪そうだなと、意味の分からぬ思考が沸き立った。
「ああ……こんなことなら全年分の学費など払わなければよかった!お前があんなわけのわからん奴に負けたせいで……!あのいかれた罪人との婚約と言い、騎士会のご子息の一件と言い……!もうお前の顔も見たくない!二度と我が姓を名乗るなよ、ゴミくず!」
怒り狂って罵倒――なのだと思われるものを吐き散らかし、その男性は踵を返した。
「えっ、ちょっと待っ――!!」
言いたいことを言い捨てて、こちらの質問は無視か?と思い口から飛ばした静止の声は、しかし、男の耳に入らなかったのか、中年の男性は憤慨しながら部屋を出ていってしまった。
そこでようやく自分が何やら妙なにおいのするどこか治療を行うと思わしき場所の何かの上に寝かされていることに気が付いた彼は、頭にクエスチョンマークを浮かべながら状況を整理していく。
先ほどの男性、自分に怒鳴るだけ怒鳴って部屋を出ていった彼の口振りから察するに、どうやらあの男性は自分の父親……?とやらなのではないだろうか?
が、そもそも、父親というのが何なのかがわからない。
意味を思い出そうにも、まるで息を止める何かのように喉――これは覚えている――につっかえてしまう。言葉が出てこない。
何が起きているのか、まったくわからない。
そもそも、自分というのがよくわかっていないのだ。
ここにいる――この思考をしている人物の事だとは思うが、なぜ、ここに寝ているのかが、まったくわからない。
「――おやおや、ずいぶんと怒られていたね。大丈夫かい?」
「おっ?」
突然かかってきたその声は、子供の様に高くかわいらしい、しかし、どこか澄んだガラスや流れる川を思い起こさせる――なにも思い出せない彼をもってしてもだ。
戸口を見れば、先ほど男が消えた扉にもたれるように、一人の少女が姿を見せていた。
中央からやや左右に分かれ、おでこがわずかに見えるか、額に軽くかかりつつも重たくない程度に整えられた、眼に掛からない長さの前髪の脇から耳の前を覆うように、前髪の延長線上で顔のラインに沿って流れ落ちる髪の束を持つ背中を覆い隠すような長い髪はすべて透き通るような金色だ。
切れ長で夕暮れをそのまま目に押し込んだようなその目は美しく、何かの宝石を思い起こさせる。
背丈は――決して高くはない、いってても14.5の年の頃に見える、幼い少女のそれだ。
美しい、少女だった。
「む、なんだい?まじまじと僕の事を見たりして、何も出ないよ?」
などといいつつ、どこか誇らしげに胸を張る少女は、なるほど、美しい。
美しいのだが――さて、一体誰だ?
いぶかしげに顔をしかめる彼に、少女の顔も怪訝な顔に移り変わる。
「……固まらないでほしいのだけどね、親はすでに帰ったんだろう?気にせずとも、いつもの調子で――」
「あ~……大変、申し訳なく思うんだが…………どなた?」
「……はっ?」
少女の表情が、驚愕と混乱で固まる――予想外の事が起きたのだと、ありありとわかった。
とはいえ、それは一瞬の事だ。
すぐに気を取り直したように表情を引き締めた彼女は、顔をしかめ、彼の顔を一瞥してから、あきれたように告げる。
「……変な冗談はよしてくれないか、今はタイミングが悪い――」
「…………?」
しかし、そんな彼女の一言にも、少年――だと思う、鏡を見ていないので、さっぱりわからないが――は何も反応できない。
本当に、誰かわからないのだから。
「――まさか、本当に、何も覚えてないのかね?」
そんな彼の様子に、少女は今度こそ、状況を理解したらしい。
困惑に満ちた声を発する――どこか、震えているように聞こえたのは彼の気のせいだったのだろうか?
「……あー……なんか、そうみたい。」
そういって、苦笑する彼に、少女は今度こそ唖然とした顔で固まった。
何もなくなった彼の新たなる道行きは、驚きと混乱から始まったのだ。
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