第12話

 翌朝、レイは、昨日と同じように、ノアと二人きりで朝食のテーブルについていた。

 栄養バランスだけが完璧な、味気ない食事が、無言で喉を通っていく。レイにとって、この生活は三日目にして、すでに耐え難い「日常」になりつつあった。

 ふと視線を上げると、ノアがタブレット型の端末から顔を上げ、じっとこちらを見つめていることに気づいた。昨日までの、無機質な観察の視線とは、ほんの少しだけ違う。まるで、未知の生物を前にした研究者のような、強い好奇心の色が浮かんでいた。

「レイ」

「……なんだ」

「昨日の『夢物語』というデータ、非常に興味深いものでした」

 ノアは、唐突に切り出した。

「非論理的で、実現可能性が低く、しかし、人間の行動原理において高い優先度を持つ場合がある。これはバグか、あるいは未知の機能です。解明する必要があります」

「……そうかよ」

 俺は、興味もなさそうに返事をした。こいつの話は、いつもこうだ。俺の心の中を、まるで機械のスペックでも語るみたいに分析してくる。

「そこで、本日の観測課題です」

 ノアは、少しも悪びれずに続けた。

「あなたの『夢』を開示してください。私がそれをデータ化し、実現可能性と、それに伴う感情的利益・不利益をシミュレートします」


 その言葉に、レイは思わず、手にしていたスプーンを取り落としそうになった。

「……はあ? 俺の、夢?」

「はい。あなたが過去に抱いていた、あるいは現在抱いている、『こうありたい』という未来への願望のことです」

「そんなもん、あるわけないだろ」

 レイは、吐き捨てるように言った。

「毎日生きるだけで精一杯のストレイの人間に、夢を見る権利なんてない。そんなことも、あんたのデータベースには載ってないのか?」

 その皮肉は、しかし、ノアには全く通じなかった。

「『権利がない』。それは社会システム上の制約を指しますか? それとも、あなた個人の心理的な自己制限ですか? データが不十分です。具体的に、幼少期、あなたは何になりたかったのですか? パイロット、医者、C.M.社の社員など、一般的な職業データと照合しますが」

「…………」

 レイは、こめかみがズキズキと痛むのを感じた。話が、全く通じない。こいつは、人の心を、本当にただのデータとしか思っていないのだ。


 ノアの、純粋で、だからこそ残酷な視線に耐えかねて、レイは、自嘲気味に呟いた。

「……あったさ、昔は。くだらない夢が」

「具体的に、お願いします」

「……設計士だ」

 それは、自分でも忘れていたくらい、久しぶりに口にした言葉だった。

「この街は、何もかもが壊れてるだろ。だから、俺が全部、修理して、作り直してやりたかった。マナが、もっと安全に、綺麗に暮らせる街を、この手で作りたかったんだよ」

 それは、幼い頃の、本気で信じていた夢だった。

「ほう。建築家、あるいは都市プランナー。非常に建設的な夢ですね。実現した場合の社会的利益は大きい。ですが、ストレイ出身のあなたが、その職業に就ける確率は、0.003%以下です。論理的に、諦めて正解だったと言えるでしょう」

「……そうだな」

 レイは、感情を押し殺して答えた。

「でも、マナが病気になって、そんなもんは全部どうでもよくなった。夢じゃ、薬は買えないからな。今の俺の夢は、マナが元気になること。ただ、それだけだ」

 レイは、ノアを睨みつけた。

「……満足か? これで、いいデータは取れたかよ?」


 その言葉に、ノアは何も答えなかった。

 ただ、手元の端末に、何かを高速で打ち込んでいる。

 その画面には、「夢:妹の延命」という文字の下に、「動機:家族愛」「実現可能性:外部要因ノアにより100%」「本人の幸福度:不明」という、無機質な文字列が並んでいた。

 ノアは、その「不明」という項目を、ただじっと見つめていた。

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