第10話 敵の辛い過去なんてこちとら必要ないし興味もない
「サァ、実験開始デス!」
白衣を揺らし、バルドが両手を広げる。指の間に挟んでいた小瓶を振り抜くと、中身の液体がほんの少しだけ飛び散った。
そんな液体は床に触れた瞬間、ぶすぶすと音を立てて白煙が広がる。ツンとした刺激臭が肺を焼くように鼻へと突き刺さった。
それをこちらへと投げつけてくる。
「ちっ……!」
エイルは即座に
この魔導具は白い二つの浮遊する手であり、エイルの愛用する相棒のような魔導具であった。
「ンフフッ!」
その隙にバルドは白衣の裾を翻し、研究者とは思えない獣のような素早さで横へと滑り込んできていた。手に握られた器具がぎらりと光り、エイルの首筋を狙う。
浮遊魔手を即座に引き付け、片手で腕を掴み、もう一つの手で器具を弾き飛ばした。金属音が洞窟に反響する。
「おっと、反応は良好デスネ。さすが聖人サマ!」
「……黙れ」
俺はもう一つの浮遊魔手もバルドの拘束へ回し、動けなくなったバルドの胴を狙って拳を突き出す。
だが、バルドは猫のように身をひるがえし拘束から逃れ、床を転がりながら回避し、すぐさま腰のポーチから別の小瓶を取り出し、こちらへ投げつけてきた。
「喰らいなサイ!」
小瓶が空中で砕けると、そこから粘ついた液体が飛散する。
どういう効果化は不明だが、避けれない速さではない。
だが後ろにはリコがいる。
「クソが……!」
浮遊魔手を使い握り潰すようにその液体を包み込む。
だが、その時にはもう目の前に白衣の影が迫っていた。
「行きますヨ!!」
バルドの両手には、注射器のような器具が握られていた。針先には赤黒い液体が揺れている。
俺は反射的に自分の拳を振るい、浮遊魔手と同時にバルドを前と後ろから殴りつけた。
「ぐッ……!」
白衣の胸が沈み、骨が軋む音がわずかに響く。それでもバルドは後退しない。笑みを崩さず、むしろ瞳に狂気を宿しながら針を突き出してきた。
「実験体には少し刺激が必要ナノデ!」
「ッ……!」
目の前ギリギリでバルドの手首を掴み、抵抗する。
「反射速度ヨシ、筋力もヨシ……ククッ、面白くなってきまシタヨ!」
「ガッ!!!?」
バルドはエイルを蹴って後方へ下がり、再びいくつもの小瓶を指の間に握った。瓶の中には、赤、緑、紫と、どす黒く濁った液体が渦を巻いている。
俺は息を吐き、手袋越しに指輪を握り込む。
(こっちは、最終手段にしときたいな…)
浮遊魔手を自分の肩口へと戻し、二つの白い掌を戦闘態勢に構えさせる。
──この男、正面からの打ち合いも厄介だが、厄介なのは薬品の嵐だ。こちらが庇うべきリコが背後にいる以上、一発たりとも通すわけにはいかない。
「……こっちから行くぞっ!」
そう宣言し、俺は一歩踏み出した。
肉体で殴り、浮遊魔手で捻じ伏せる──派手な魔法じゃなく、ただの喧嘩の延長のような戦い。だがそれこそが、俺の一番の武器である。そして俺は…攻められるより、攻めるほうが得意だ。
バルドが迎え撃つように投げた赤い小瓶が宙を舞う。
俺はその瓶を押し退けるように即座に横から浮遊魔手を叩きつけ、そのまま持っていく。
爆発が壁を焼き裂き、岩片が飛び散る。
地面へと落とされ、床に散った薬品のしぶきが煙を上げる。視界を遮る白煙を押しのけ、俺は正面に飛び込んだ。
もう一つの浮遊魔手を先行させ、拳の形を取らせてバルドの顔面を狙う。
「ぐっ──!」
狂気の科学者は咄嗟に両腕で防御したが、衝撃で体ごと後方へ吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられ、岩が砕ける音が洞窟に響く。白衣の裾が土煙にまみれた。
「クク……!なるホド、その魔導具、随分とお強イ!一体誰の発明なのか興味がありマス!」
呻きながらも立ち上がり、舌なめずりをするバルド。だが、エイルは逃げる隙を与えない。
一歩、二歩と踏み込み、ストレートを繰り出す。
浮遊魔手がやつの足を掴み、バランスを崩したタイミングで更に追撃の拳を叩き込む。
「うっ……がはッ!」
頬に食らった衝撃で、バルドの頭がぐらりと揺れた。血が唇の端から飛ぶ。
なおも笑い続けるその顔に、今度は膝蹴りを叩き込んだ。
ずしり、と手応え。
肉体を守る魔法障壁など無い。ただの人間の臓腑を、拳と脚と浮遊魔手で徹底的に殴りつける。
だが、硬い。身体強化?それとも何か薬品を使っているのか?
「ハァッ……! ハァ……!」
首を浮遊魔手で掴みあげる。
「終わりだ」
「……ッ……ぐ、クク……! やりますネェ、エイルさん……!」
その言葉の直後だった。
バルドは懐から一本の長い注射器を取り出した。
管の中には、どろりと黒く濁った液体が渦を巻いている。
「フフフ……ここで倒れるくらいならバ、実験材料になって死んだほうがましでショウ!」
迷いなく、自らの胸に針を突き立てる。
ぶしゅり、と液体が体内へと流れ込んだ。
「……ッ、がぁッ……!」
痙攣し、全身の筋肉が盛り上がる。血管が黒く浮き上がり、皮膚を下から突き破りそうなほど脈打っていた。
慌てて浮遊魔手で叩きつけようとするが、すぐに掴まれ投げ捨てられる。
骨の軋む音が響き、背中が盛り上がる。白衣が裂け、異形の影が膨れ上がっていく。
その姿は、もはやただの人間ではない。
「……第二形態とかテンプレ過ぎだろおい…」
俺は拳を構え直し、投げ捨てられたのと爆発から戻ってきた浮遊魔手を左右に展開する。
「サァ……まだ終わりませんヨ……!!」
洞窟の空気が、一気に殺気を帯びて震えた。
洞窟に獣じみた咆哮が響き渡った。
変貌したバルドの体は膨れ上がり、背中から黒い棘のような骨が突き出ている。顔の輪郭は人間のそれを留めているが、目は血に染まり、瞳孔は異様に細く収縮していた。
それは、リザードマンのような蜥蜴…いや、まるで龍を人間の形に無理やり押し込めたような姿だった。
「ガァァァアアッ!!!」
爆ぜるような勢いで床を蹴り、バルドが突進してきた。
その速度は、先程までとは比較にならない。
「っ……!」
咄嗟に浮遊魔手を広げる。だが衝突と同時に凄まじい衝撃が走り、石床が砕け散った。
自身の腕も使い受け止めるが、俺の体ごと押し込まれる。
「ぐっ……!バケモノめ……!」
血が口から滲む。
それでも俺は踏みとどまり、勢いの落ちたバルドへ膝蹴りを放った。
至近距離からの一撃。狙いは鳩尾。
鈍い音と共にバルドの体がのけぞるが、すぐに腕が薙ぎ払われる。
爪と化した指先が俺の頬を掠め、血の線を描いた。
「ククク……!どうデス!?コレが、私のッ……完成形だァ!!!」
狂気に満ちた声を上げ、再び襲いかかる。
まるで理性を吹き飛ばされた獣のような連撃。
拳、蹴り、爪。力任せだが、一撃ごとの破壊力は常軌を逸している。
だが、俺もただ殴られるわけにはいかない。
「追い詰められて第二形態に変身した悪役のラストってのは、負けって決まってるんだよっ!!」
浮遊魔手を操作し、左右から拳を繰り出す。
さらに自分の拳を合わせ、三方向から畳み掛けた。
バルドの顔面に直撃し、骨が軋む音が響く。
「ガッ……ァァッ!」
怯んだ隙に、俺は顎にアッパーを叩き込み、続けざまに膝をみぞおちに突き立てる。
ゴフッ、と血を吐くバルド。だがなおも狂笑をやめない。
「……クク……やりますネェ……ッ!!だが、まだまだァ!!」
再び拳が飛ぶ。
それをギリギリでかわし、俺は浮遊魔手でその腕を絡め取り、逆にこちらに引き込むように引っ張る。
そして、そこに渾身の頭突きを叩き込んだ。頭いてぇ。
「──ッッ!」
だが、その衝撃で、バルドの額が割れ血が噴き出す。
だがその口元には、まだ笑みが残っていた。
「しぶといな……!」
俺は歯を食いしばる。
長引けばこちらが消耗する。なら仕方ない。これで終わらせる。
浮遊魔手を横へ飛ばし、奴の攻撃範囲の届かないところで、構える。
光が生まれ、次第にそれは輝きを増していく。
「それハ……!ぐっ!?」
浮遊魔手を排除しようと動くが、全力で蹴りを叩き込み体制を崩す。
その瞬間、バルドの瞳に初めて、明確な恐怖の色が宿った。
「──【撃ち砕け、穿て、神の槍よ】ッ!!」
その言葉とともに解き放たれた光線が一直線に走り、バルドの胸を貫いた。
「……ぐ、ぁ、あァ……」
胸を焼かれ、黒煙を吐きながらバルドは、フラフラと壁に背を預ける。
「………ま……ダ………」
そう呟くバルドだが、その意思に反してゆっくりと、その姿は人へと戻ろうとする。だが途中で止まり、人間とは思えない姿でずり落ちた。
「……ぁ〜クソ、高いから使いたくなかったんだがなぁ…」
色を失った右手人差し指の指輪を目にして、項垂れる。今使ったのは、上級魔法の込められた指輪。
しかも、浮遊魔手からの使用は、浮遊魔手の方の回路もイカれるので修理費用がとんでもないことになるのだ。
他にもライトの指輪と身体強化の指輪も使ったため、リコ一人を取り返してもどう考えても赤字である。
そう、なんとこの魔法の指輪は全て1度きりしか使えないのである。なので、できるだけ温存したかったエイルだったのだが、思わぬ強敵に結構な浪費をしてしまった。
とはいえ、まだ使用していない指輪は七個と、余裕はある。
「……マダ…ダ……マダ…死ヌ…わけ……ニハ」
だが、その状況で尚、バルドはまだ動こうとしていた。地面を這いずり、必死にエイルへと手を伸ばす。
「ワタ……シニハ………モく……標…シメ、イ…が……」
彼は優秀な研究者だった。
とある国である研究の最前線を走り、妻と部下に支えられ、娘に癒やされ、充実した生活を送っていた。
だがある日、唐突に悲劇が訪れる───
「──知るか、あばよ。クソマッドサイエンティスト」
「ギっ…………容赦…ノ…ナ、イ……………」
バルドの体に、もう片方の浮遊魔手を振り下ろし、完全にその動きを止める。
そうしてあっさりと、その戦いは幕を下ろした。
「使命とか目標とかなんだとか、話したいなら一人で勝手に語ってろ。そんなもん、俺らに背負わせてんじゃねぇ」
そうしてエイルは、バルドを殺すこともなく、妙に他人事のように吐き捨て未だ眠り続けるリコを抱えてその場をあとにしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます