第20話:その強さ、もはや中級者にあらず
オークジェネラルとの戦いが始まった。
巨大な戦斧が振り下ろされる。悠真はそれを余裕を持って横にステップし、回避した。斧が地面に激突して石畳が粉砕されたが、悠真は飛び散る破片すら気にしていない。
「思ったより遅いな」
種シリーズで強化された動体視力には、オークジェネラルの動きがはっきりと見えていた。以前なら脅威だったはずの攻撃も、今では予測可能な動きでしかない。
オークジェネラルが横薙ぎに戦斧を振るう。悠真は最小限の動きで身を沈め、斧の軌道から外れる。そして、そのまま前進して懐に飛び込んだ。
「はっ!」
『銀狼の牙』が鎧を易々と切り裂く。力の種で強化された攻撃は、厚い鎧も紙のように貫いた。一撃で深い傷を負わせる。
「グオォ!」
オークジェネラルが苦痛の声を上げて後退する。
「氷よ、敵を貫け――アイスランス!」
美琴の氷の槍が、正確にオークジェネラルの膝関節に突き刺さる。知力の種で強化された魔法は、威力も精度も格段に上がっていた。
オークジェネラルの動きが明らかに鈍る。それでも戦斧を振り回すが、もはや悠真には当たらない。
一方、紗夜も3体のオーク兵相手に善戦していた。持ち前のスピードで翻弄し、一体ずつ確実にダメージを与えている。しかし、3対1では分が悪い。徐々に追い詰められていく。
「美琴、紗夜を援護してやってくれ」
「分かりました。悠真さんは大丈夫ですね?」
「ああ、こいつは大したことない」
悠真の余裕の返答に、美琴も安心して紗夜の援護に回った。
◇ ◇ ◇
悠真は一人でオークジェネラルと対峙した。
相手の動きを冷静に観察する。確かに通常のオークより強いが、種シリーズで強化された今の自分なら、問題なく対処できるレベルだ。
オークジェネラルが再び戦斧を振り上げる。その動作は、悠真にとってはあまりにも遅かった。
悠真は軽くサイドステップを踏み、斧の軌道から外れる。そして返す刀で、オークジェネラルの脇腹を斬りつけた。今度は鎧を完全に貫通し、深い傷を負わせる。
「グルァァ!」
オークジェネラルが怒りの咆哮を上げ、無茶苦茶に戦斧を振り回し始めた。しかし、理性を失った攻撃は単調で、悠真には全く当たらない。
「雷よ、天より降り注げ――サンダーストーム!」
美琴の雷撃魔法が、オーク兵たちを一掃する。電撃に包まれた3体は、ほぼ同時に倒れた。種シリーズで強化された魔法の威力は圧倒的だった。
「紗夜ちゃん、大丈夫?」
「は、はい……すごい威力ですね」
紗夜が驚きの表情で美琴を見る。レベル17でこれほどの魔法を使えるのは、通常ではありえない。
「今度は悠真さんを援護します!」
美琴と紗夜が、オークジェネラルを挟み撃ちにする態勢を取った。
しかし、それも必要なかった。
悠真は冷静にオークジェネラルの攻撃パターンを見切り、的確に反撃を加えていく。脚を斬って機動力を奪い、腕を斬って攻撃力を削ぐ。まるで熟練の剣士が初心者を指導するような余裕があった。
「そろそろ終わらせるか」
悠真が呟いた次の瞬間、その姿が消えた。いや、消えたように見えるほどの高速移動だった。
オークジェネラルの背後に回り込み、首筋に剣を振り下ろす。一閃。
オークジェネラルの首が胴体から離れ、地面に転がった。巨体が崩れ落ち、黒い霧となって消えていく。
「あっという間でしたね」
美琴が苦笑いを浮かべた。正直、援護の必要すらなかった。
「強すぎます……」
紗夜が呆然と呟く。レベル20でここまでの実力を持つ探索者など、見たことがなかった。
巨体が崩れ落ちると同時に、悠真の脳内に懐かしい感覚が流れ込んできた。
『レベルが21に上がりました』
『無限複製スキルの覚醒度が52%になりました』
悠真の脳内に響いたメッセージに、新しい情報が含まれていた。覚醒度? それは一体何を意味するのか。しかし、今は紗夜の前でそれを口にすることはできない。
美琴の方も、表情を明るくしていた。
「レベルが18に上がりました」
「久しぶりのレベルアップだな」
悠真が喜びを隠さずに言う。内心では覚醒度のことが気になったが、紗夜の前では黙っていることにした。
◇ ◇ ◇
オークジェネラルが倒れた場所には、大量のドロップアイテムが残されていた。
Bランクの魔石が1個、Cランクの魔石が5個、そして各種素材。オークジェネラルの鎧の破片、戦斧の欠片。ボス討伐でも、これほどのドロップは稀だ。
「すごい……こんなにたくさん」
紗夜が目を丸くする。
「運が良かったな」
悠真は運の種の効果だと確信していたが、口には出さなかった。
「これ、3等分しましょう」
美琴が提案すると、悠真が考えた。
「そうだな、Bランク魔石を俺と美琴で分けて、それ以外は紗夜の取り分にすれば大体3等分の価値になるだろう」
「え? でも、それでいいんですか?」
紗夜が確認する。Cランク魔石5個と各種素材を合わせれば、50万円以上の価値がある。
「妹さんの治療費に使えばいい。俺たちはBランク魔石があれば十分だ」
「そうよ。最新の治療って、お金かかるでしょう?」
美琴も賛成した。
紗夜の目に涙が浮かんだ。
「ありがとうございます! 助かります!」
紗夜は深々と頭を下げた。
戦利品を回収した後、オークジェネラルが倒れた場所に青白い光が浮かび上がった。地面に複雑な紋様が描かれ、転移用の魔法陣が出現する。
ボスモンスターを倒すことで、次の階層への挑戦権を獲得できる。これがダンジョン攻略の基本的な仕組みだった。
魔法陣に向かおうとする悠真と美琴に、紗夜が感心したように言った。
「お二人は、16階層でこんなに余裕があるなんてすごいです。レベル20と17でここまで強いなんて」
「毎週欠かさず探索してるから、経験を積めてるんだろうな」
悠真が説明する。実際は種シリーズの効果だが、それは言えない。
紗夜は何度も口を開きかけては閉じ、ためらいがちに悠真と美琴を見つめた。何か言いたそうにしては、また黙り込む。そんなことを繰り返した後、ついに意を決したように言った。
「あの……これからも一緒にパーティーを組んでもらえませんか?」
突然の申し出に、悠真と美琴は顔を見合わせた。
「一人では限界があるんです。今日、それが痛いほど分かりました。でも、皆さんとなら、もっと深い階層も探索できる。妹を救える可能性が高まります」
紗夜の目は真剣だった。妹を救いたいという強い思いが、ひしひしと伝わってくる。
悠真と美琴は顔を見合わせ、少し離れて小声で相談した。
「どう思う?」
「いい子だと思います。それに、剣の腕も確かです」
「確かに才能はある。でも、レベル差を考えると危険も大きい」
「でも、一人で無謀な探索を続けるよりは、私たちと一緒の方が安全です」
美琴の言葉には一理あった。
相談の結果、まずはお試しで何回か臨時パーティーを組むことを提案した。
「本当ですか! ありがとうございます!」
紗夜は飛び上がって喜んだ。その様子は、年相応の高校生らしさを感じさせた。普段は妹のために大人びた振る舞いをしているが、本当はまだ16歳の少女なのだ。
三人は連絡先を交換し、次回の探索について約束を交わした。
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