第18話:転機、少女との邂逅

その後も探索は順調に進んだ。


草原を進むにつれ、様々なモンスターと遭遇した。オークウォーリアー、リザードマンチーフ、アイアンゴーレム。どれも16階層の定番モンスターで、本来なら適正レベルでも苦戦する相手だ。


特にオークウォーリアーは厄介な敵だった。身長2メートルを超える巨体に、分厚い鉄の鎧を身に着けている。手にした巨大な剣は、一撃で人間を両断する威力がある。


しかし、種シリーズで強化された二人にとっては、もはや脅威ではなかった。


「はあっ!」


悠真の剣が、オークウォーリアーの巨体を斬り裂く。力の種で強化された攻撃力は、重い鎧も紙のように切り裂いた。返す刀で首を刎ね、一瞬で勝負を決める。


続いて現れたリザードマンチーフは、鱗に覆われた体と、長い尻尾が特徴的だ。槍を器用に操り、中距離からの攻撃を得意とする。


「雷よ、裁きを下せ――サンダーボルト!」


美琴の雷撃が、リザードマンチーフを直撃する。電撃に痺れて動けなくなったところを、悠真が止めを刺した。


アイアンゴーレムは、魔法で動く鉄の巨人だ。物理攻撃が効きにくく、通常なら長期戦を強いられる。


「氷よ、全てを凍らせよ――ブリザード!」


美琴の氷結魔法が、ゴーレムの関節を凍らせる。動きが鈍ったところで、悠真が関節部分を的確に破壊していく。ついにゴーレムは崩れ落ち、鉄の塊に戻った。


1時間ほどで、すでにCランク魔石を10個以上獲得していた。リュックサックも、かなりの重さになってきている。


「ステータスが上がると、こんなに楽になるんだな」


悠真が実感を込めて言う。汗一つかいていない。


「本当ですね。でも油断は禁物です」


美琴の言葉通り、上位階層には予期せぬ危険が潜んでいる。二人は気を引き締めて、さらに奥へと進んでいった。


 ◇ ◇ ◇


正午を過ぎた頃、小高い丘の上で休憩を取ることにした。


丘の上からは、16階層の全貌が見渡せた。どこまでも続く草原、点在する森、遠くに見える湖。まるで本物の自然界のような光景だった。


「お昼にしましょう」


美琴がリュックから弁当を取り出す。今日はサンドイッチと、温かいスープを保温ポットに入れて持ってきていた。


「相変わらず準備がいいな」


「だって、戦闘にはエネルギーが必要ですから」


二人で並んで座り、昼食を取る。サンドイッチは具だくさんで、卵、ハム、レタス、トマト、チーズが層になっている。スープは野菜たっぷりのミネストローネだった。


食事をしていると、遠くから激しい戦闘音が聞こえてきた。金属がぶつかり合う音、地面が揺れるような重い音、そして――


「きゃああああ!」


少女の悲鳴が、風に乗って届いてきた。


「誰か戦ってる!」


悠真は即座に立ち上がった。美琴も弁当を片付け、すぐに戦闘態勢を取る。


「急ごう」


二人は音のする方向へ全速力で走った。丘を駆け下り、背の高い草をかき分けて進む。戦闘音はどんどん大きくなっていく。


もう一つの丘を越えると、衝撃的な光景が広がっていた。


 ◇ ◇ ◇


3メートル近い巨体のオーガが、巨大な棍棒を振り回している。


オーガは緑色の肌に、筋骨隆々の体つき。頭には二本の角が生え、牙が口から突き出している。手にした棍棒は、大木をそのまま引き抜いてきたような太さで、一撃で地面に大きなクレーターを作っていた。


その前で、ツインテールの少女が必死に回避していた。いや、もはや回避というより、かろうじて致命傷を避けているだけだ。


少女は疲労困憊で、剣を支えにして立っているのがやっとの状態だった。服は所々破れ、顔には土埃と汗がこびりついている。左腕からは血が流れ、足取りも覚束ない。


それでも少女は諦めていなかった。必死に剣を構え、オーガの攻撃を紙一重でかわし続けている。その動きは、疲労しているにも関わらず、洗練されていた。


「くっ……まだよ!」


しかし、ついに少女の膝が崩れた。地面に片膝をつき、剣で体を支える。立ち上がろうとするが、疲労した体は言うことを聞かない。オーガは巨大な棍棒を高く振り上げ、止めの一撃を振り下ろそうとした。


「間に合え!」


悠真は全速力で駆けた。強化された脚力が、瞬時に距離を詰める。オーガと少女の間に滑り込むように割って入り、『銀狼の牙』を頭上に構えた。


ガキィィン!


耳をつんざくような金属音が響き渡った。


悠真の『銀狼の牙』が、オーガの棍棒を正面から受け止めている。通常なら押し潰されるはずの一撃だが、守りの種で強化された悠真の防御力は、それに耐えきった。


地面が衝撃で陥没し、土煙が舞い上がる。それでも悠真は微動だにしなかった。


「え……!」


少女が息を呑む。信じられないものを見るような目で、悠真の背中を見つめていた。


「大丈夫か?」


悠真が振り返らずに声をかける。全神経をオーガに集中させながら、少女の安否を確認した。


「は、はい……でも、どうして……」


「話は後だ。美琴、今だ!」


「分かりました! 炎よ、敵を焼き尽くせ――ブレイズアロー!」


美琴の放った炎の矢が、オーガの顔面に直撃した。5本の炎の矢が次々と命中し、オーガの視界を奪う。


「グオォォォ!」


オーガが苦痛の咆哮を上げ、両手で顔を覆った。棍棒を取り落とし、よろめきながら後退する。


その隙に、悠真は剣を振るった。狙いはオーガの右脚。厚い皮膚を切り裂き、アキレス腱を断つ。鮮血が噴き出し、オーガの巨体が傾いた。


「グオォォ!」


バランスを崩したオーガが、片膝をつく。それでもまだ戦意は失っていない。地面に落ちた棍棒を拾おうと、手を伸ばした。


「氷よ、敵を縛れ――フロストバインド!」


美琴の氷結魔法が、オーガの動きを封じる。足元から這い上がる氷が、巨体を固定した。オーガは必死にもがくが、氷の拘束から逃れることはできない。


「今だ!」


悠真は地面を蹴り、高く跳躍した。オーガの頭部と同じ高さまで上昇し、剣を振りかぶる。『銀狼の牙』が太陽の光を反射しながら、銀色の軌跡を描いた。


一閃。


オーガの首筋に刃が食い込み、そのまま振り抜く。巨大な頭部が胴体から離れ、地面に転がった。


オーガの巨体が崩れ落ち、やがて黒い霧となって消えていく。後には、大量のドロップアイテムが残されていた。

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