第8話:天文学的な贅沢の始まり

武器談義に花を咲かせていると、あっという間に夕食の時間になった。


「今日は何か作りましょうか?」


「いや、今日は外食にしよう。お祝いも兼ねて」


「お祝い?」


「新しいスキルを手に入れたお祝い。それに、美琴のおかげでお金も稼げた」


「そんな、私は何も……」


「いいから。たまには外食もいいだろ?」


結局、二人は近所のファミリーレストランに行くことにした。アパートから歩いて5分ほどの、よく利用する店だ。


「いらっしゃいませ。2名様ですか?」


「はい」


禁煙席に案内され、向かい合って座った。メニューを見ながら、何を注文するか相談する。


「ステーキとか食べたいな」


「珍しいですね。悠真さんがステーキだなんて」


「今日は特別だから」


「じゃあ、私はハンバーグにします」


注文を済ませ、ドリンクバーで飲み物を取ってきた。悠真はコーラ、美琴はオレンジジュースだ。


「今日は本当に色々あったな」


「はい。スキルの検証から始まって、午後には魔石を複製して、売って……」


「1日でこんなに状況が変わるなんて、昨日の朝には想像もしてなかった」


「でも、このスキルは悠真さんだから活かせるんだと思います」


「どういうこと?」


「悪用しようと思えばいくらでもできるスキルですけど、悠真さんはちゃんと節度を持って使ってます」


「まあ、美琴が止めてくれるしな」


「もう、私がいなくても大丈夫ですよ」


料理が運ばれてきた。ステーキは思っていた以上にボリュームがあり、ジュージューと音を立てている。


「いただきます」


「いただきます」


二人で手を合わせてから、食事を始めた。


 ◇ ◇ ◇


食事をしながら、二人は今後のことについて話し合った。


「明日は2限からでしたよね?」


「ああ。美琴は?」


「私は1限からです。日本文学史の講義があって」


「真面目だな。俺なんて1限の授業は避けて時間割組んでるのに」


「だって、面白い授業なんですもん」


美琴はそう言って頬を膨らませた。その仕草が可愛らしくて、悠真は思わず笑ってしまった。


「何ですか、もう」


「いや、相変わらず勉強熱心だなと思って」


「悠真さんだって、経済学部で成績いい方じゃないですか」


「まあ、平均よりは上かな。学費を自分で稼いでる分、無駄にしたくないからな」


悠真は実家が貧しいため、親からの仕送りは一切ない。生活費も学費も全て自分で稼いでいる。だからこそ、週末のダンジョン探索は欠かせない収入源だった。


「でも、これからは少し余裕ができそうですね」


「ああ。でも、だからって怠けるつもりはないよ。ダンジョン探索も続けるし、大学も真面目に通う」


「それを聞いて安心しました」


デザートにアイスクリームを注文し、ゆっくりと食べた。店内は家族連れで賑わっていて、子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。


「平和だな」


「そうですね。でも、これが普通なんですよね」


「ダンジョンが現れて10年。もうこれが当たり前の世界になったんだな」


二人は窓の外を眺めた。通りを行き交う人々の中には、探索者と思われる装備を身に着けた者もちらほら見える。


 ◇ ◇ ◇


夜9時過ぎ、アパートに戻ってきた二人は、悠真の部屋で明日の待ち合わせについて最終確認をしていた。


「じゃあ、4時頃に大学の正門で」


「はい。私の授業は3時半に終わるので、大丈夫です」


「俺も3時には終わるから、図書館で少し勉強してから行くよ」


美琴が帰り支度を始めた。


「今日は楽しかったです。明日も楽しみですね」


「ああ。いい剣が見つかるといいな」


「きっと見つかりますよ。悠真さんに合う剣が」


玄関まで見送る。美琴が振り返って微笑んだ。


「おやすみなさい、悠真さん」


「おやすみ。今日は本当にありがとう」


「いえいえ。それじゃ、また明日」


ドアが閉まり、隣の部屋に入っていく足音が聞こえた。しばらくすると、壁の向こうから水音が聞こえてくる。美琴がシャワーを浴びているのだろう。


 ◇ ◇ ◇


一人になった部屋で、悠真は今日一日を振り返った。


朝起きた時は、まさかこんな展開になるとは思ってもいなかった。「無限複製」というスキルの可能性、そして魔石の複製による資金調達。全てが上手くいきすぎて、少し怖いくらいだ。


テーブルの上には、売らなかったオリジナルの魔石がある。青い光を放つそれを木箱に戻しながら、悠真は考えた。


このスキルをどう使っていくべきか。確かに、必要なものを複製すれば簡単にお金は手に入る。でも、それだけでいいのだろうか。


ベランダに出て、夜風に当たる。東京の夜景が眼下に広がっていた。無数の光が瞬いている。ビルの明かり、車のライト、街灯。それぞれが人々の生活を表している。


ふと、夜空を見上げる。今夜は月がよく見えた。ほぼ満月に近い、明るい月だ。クレーターまではっきりと見える。


「そういえば……」


悠真は突然思いついた。このスキルで、あんな遠くのものも複製できるのだろうか。


馬鹿げた考えだと分かっていたが、試してみたくなった。今日の実験で、20メートル程度離れている物も複製できることは確認済みだ。でも、月となると話が違う。地球から月までの距離は約38万キロメートル。桁が違いすぎる。


それでも、悠真は試してみることにした。月に向かって手を伸ばし、意識を集中させる。月面のクレーターを見つめながら、スキルを発動させた。


「『無限複製』」


体から七色の光が放たれた。いつもより強い光だった。スキルは確かに発動している。しかし、当然ながら月に変化はない。


「はは、さすがに天体は無理か」


自分の愚かさに苦笑しながら、悠真は部屋に戻った。


ベッドに入り、明日の武器購入のことを考える。どんな剣を選ぶべきか。攻撃力重視か、バランス重視か。属性付きにするか、純粋な物理剣にするか。


そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていった。


 ◇ ◇ ◇


その頃、地球から約38万キロメートル離れた宇宙空間で、異変が起きていた。


月の軌道上、地球と月を結ぶ直線から60度の位置にあるラグランジュ点。重力的に安定したその場所に、ゆっくりと何かが形作られ始めていた。


最初はほんの小さな光の粒子だった。それが徐々に集まり、凝縮し、形を成していく。まるで見えない3Dプリンターが、虚空に巨大な球体を印刷しているかのようだった。


1時間が経過した頃には、直径数十メートルの球体ができあがっていた。表面はまだ滑らかで、特徴がない。しかし、時間と共に変化が現れ始める。


2時間後、球体の表面に凹凸が生まれ始めた。大きなクレーター、小さなクレーター。月面の地形が、少しずつ再現されていく。


3時間後には、直径は数百メートルに達していた。成長速度は加速度的に上がっている。


4時間後、直径は数キロメートルを超えた。もはや小惑星と呼べる大きさだ。


そして5時間後――地球から約38万キロメートル離れたラグランジュ点に、月と全く同じ大きさ、同じ質量、同じ組成の天体が完成した。

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