第7話 換気扇の下
ブォーという、掃除機みたいな、何かを吸い込んでいるような音が聞こえて目が覚めた。
目を擦り起き上がると、いつもベッドに座ってタバコを吸っている成那さんがいなかった。
あたりをキョロキョロと見渡すと、成那さんは、綺麗になったばかりのキッチンで換気扇をつけてタバコを吸っていた。
「成那さん? 何やってるんですか?」
「あ、ごめん、起こしちゃった?」
「いえ、それは別に大丈夫です。どうしたんですか? 今日からそこで吸うんですか?」
「うん。じゅどーきつえん? 煙でタバコ吸ってるみたいになっちゃうんだね。全然知らなかった」
「そんなの気にしてるんですか? 別に構いませんよ。今更感すごいですし」
私がそう言うと、成那さんは笑ってタバコを灰皿に押し付けた。
私の隣に座ると、私の首に腕を回す。
あ、これキスされるな、と思って目を閉じる。
すぐに唇が重なって、一瞬で離れる。
「これもじゅどーきつえんになっちゃうんだって」
「じゃあなんでしたんですか…」
「んー? やっぱり今更かなーって思って」
なんだそれ、と思ったけど成那さんの唇に塞がれて声に出すことは出来なかった。
最近気がついたけど、成那さんはキスが好きなんだと思う。
セックスしてる時も、する前も、した後も、隙があれば私の唇に自分の唇を重ねている。
だからこんなにキスが上手なのかな。
そんなふうに考えながら彼女のキスを受け入れていると、なかなか離れてくれなくてあれ? と思う。
「ちょ、成那さん…」
「もう1回したい。いいよね?」
明日学校なんだけどな、と思いながらも私は彼女を受け入れてしまう。
『————…いいよね?』
そうやって、あの人の口癖をなぞるのはずるいんだよ。
♢
「もう帰りますよ。私」
「うん、ごめんね。長居させちゃって。明日学校だよね?」
「はい。でも、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。それでは」
そう言って私は、成那さんの家を出る。
外はもうすっかり真っ暗だけど、さすが繁華街。0時を過ぎているのにも関わらず、人は来た時から減っていないしお店の明かりも煌々と付いている。
終電間際の電車に揺られながら、成那さんとあの人のことを考える。
なんで、成那さんはあの人——
キスの仕方、セックスしている時の仕草、口癖。
羽月ちゃんとの最後の会話は、今でも鮮明に思い出せる。
『別れたい。いいよね?』
終電間際のホームで、彼女は少し笑って言った。
『あまねは重すぎるんだよ。私、そういうの無理だから』
泣きじゃくる私を置いて、彼女は電車に乗って行ってしまった。
あの時の発車ベルの音が、まだ耳に残っている。
私は何も言えなかった。
本当は聞きたかった。「私の気持ちはどうなるの?」「そんなに重かった?」って。
でも、口を開けば泣き声にしかならなくて、ただ立ち尽くすしかなかった。
——連絡は、もう二度と返ってこなかった。
羽月ちゃんは高校進学を機に、遠くに引っ越してしまったから、私は羽月ちゃんがどこに住んでいるか知らなかった。私が恋人だった頃に、住んでるところを聞いておけばよかった。
それさえ知っていれば、何かが違ったかもしれないのに。
♢
「ただいま」
真っ暗で誰もいない部屋にそう呟いて、入る。
唯一の家族である父の不在はいつものこと。別に構わない。
制服から部屋着に着替えてベッドに倒れ込む。倒れ込んでからお風呂に入っていないことに気がついて、今日はお風呂をサボることを決意する。
スマホを開くと、羽月ちゃんとのトーク画面がまだ残っていた。最後のメッセージは未読のまま。
『いいよね?』
画面に浮かぶその言葉を見て、思わずスマホを閉じる。
今度は、成那さんの声で、その口癖が蘇る。
『もう一回したい。いいよね?』
違う人の声なのに、同じ言葉。胸の奥がかき乱される。
その声から逃げるように目を瞑り、布団を被った。
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