第4話 修行

​一週間の休息を終えたライオネルは、ヴァルカンの待つ訓練場へと向かった。そこは、城の地下深くに広がる、巨大な洞窟だった。空間は魔力によって歪められ、岩壁には不可解な模様が刻まれていた。


​「いいか、ライオネル。お前の雷は、ただの光だ。神の力の一端にすら敵わない。だが、お前はその光を、神を打ち砕くための力に変えることができる」

​ヴァルカンはゆっくりと、ライオネルから数歩離れた場所に立った。武器も構えもせず、ただそこにいるだけだ。しかし、その存在感は、ライオネルがこれまで経験したどの魔物よりも重く、深く、そして恐ろしいものだった。

​「来い。お前の全てをぶつけてみろ」

​ライオネルは迷わず、雷を放った。掌から迸る青白い稲妻は、幾筋もの光の鎖となり、ヴァルカンを縛り付けようと襲いかかる。しかし、ヴァルカンは動じなかった。彼はただ、嘲るように笑い、ライオネルの雷が触れる瞬間に、指先一つで空間を歪ませた。

​ライオネルの雷は、まるで水面に投げ込まれた石のように、ヴァルカンの周囲で波紋を描いて消えていく。ライオネルは、自身の力が全く通用しないことに愕然とした。

​「その程度か。お前が憎む神は、この世界の全てを支配している。お前の雷が、この程度で届くものか」

​ヴァルカンはそう言うと、ライオネルに向かって一歩踏み出した。その一歩だけで、訓練場の空気が凍てつく。ライオネルは本能的な恐怖を感じ、全身から雷を噴出させた。だが、その雷はヴァルカンに届く前に、彼の放つ不可視の魔力によって打ち消されてしまう。

​ヴァルカンはライオネルの目の前に現れ、無防備な腹に、まるで赤子を扱うかのように、軽く拳を突き入れた。

​ごつん、という鈍い音が響いた。ライオネルの体から雷の力が完全に消えた。彼は膝から崩れ落ち、肺から全ての空気が押し出されたかのように、呼吸が止まった。

​「お前は、まだ弱い。そして、私がいくら強くとも、神には勝てぬ」

​ヴァルカンはライオネルの肩を掴み、彼を立たせた。その言葉は、ライオネルを叩きのめした拳よりも、彼の心を深く、そして冷酷に抉った。

​「…どういうことだ」

​ライオネルは震える声で尋ねた。

​「神は私よりも遥か高みにいる。神とはこの世界そのものだ。今の私では手も足も出まいよ。神はこの世界の支配者だ。もっと力が必要だ」

​ヴァルカンは、ライオネルの瞳を覗き込むように言った。その瞳の奥には、ライオネルが見たこともないほどの深い絶望が宿っていた。ヴァルカンは、ライオネルの復讐心を利用するだけでなく、同じく神に縛られている自分自身の運命を、ライオネルに重ねていたのだ。

​ライオネルは、絶望した。親友を殺した神は、自分たちのような存在がいくら足掻いても、決して倒せない、この世界の絶対的な支配者だったのだ。ヴァルカンの圧倒的な強さですら、その事実に変わりはない。

​「…では、俺の復讐は…」

​「諦めるな、雷の異端者よ。神がこの世界そのものなら、我々にはこの世界を変えるという道が残されている。お前の復讐を、私が手伝おうと言ったのは、そのためだ」

​ヴァルカンはそう言い、不気味な笑みを浮かべた。その笑みは、絶望の淵に突き落とされたライオネルにとって、唯一の希望の光となった。

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