10.ふたつめの幸福

 本当にマズそうなら今度こそ抱えて運ぼうかと思ったけれど。なにせ、僕に近づいて来てくれた記念すべき二人目だし。どちたの〜? なんて抱っこして様子は見たいだろう、普通。

 そうだ、シバはいつ抱っこさせてくれるかな……。まあきっと、そのうちさせてくれるだろう。甘えた声を上げて僕を自分から求めてくる日だってそのうち……!


「なは、二重に滑られて和んだ? 和んだやろ?」

 

 俊敏に跳ね起きた金髪の女の子は、とんとんと爪先を鳴らして見せた。変わらずこちらを向かないまま、シバへ距離を詰めて顔を覗き込んで。


「さてさてさて、朝っぱらから皇帝ちゃんといちゃつくのは結構!」

「いちゃつきではありませんが――皇帝ちゃん?」

「人嫌いのシバちゃんがこんなにお喋りしててオカンは安心です!」

「いつシバがお前の家族に」

「けど暴力はアカンよぉ、二度漬けや道頓堀ダイブよりアカン!」

「聞いてます?」

 

 驚きの連続だ。

 だって、シバは昨日一日――おそらくずっと群れから孤立するほどの地球人嫌い。それがこんなに良い感じで言葉を交わしている……!?


「えっと……?」 

「このクラスのお節介者。学級委員の朝比奈あさひなあまねです。聞いての通り関西生まれ。お好み焼きの切断方法と野球の話、それから丸っこい焼き菓子の名称はコイツの前で口にしないように。以上」

「シバがきちんとフルネームと故郷を認知して……!?」

「はいよ、偏見ゴリゴリの紹介ありがとシバちゃん……その様子やと名前聞き流されとったな自分〜? ウチはちゃんと知っとんで、佐藤さん家のソラちゃん」


 僕は非常に感動した。

 二度言わずとも、縋りつかずとも大事な大事な名前を覚えてもらえている……!


「……ありがとう……」

「何や皇て……じゃない。ソラちゃん声震えとらん?」

 

 ようやく振り向くアマネ。昨日の、あの放課後の夕日を固めた様な目と視線が合った――が。すぐ逸れる。


「ダメ」

「ダメ!?」

「いやいや何も言ってへんよ。ウチが眩しさのあまり標準語を用いるとかありえへんわ。アカンて言うて」

 

 ぷるぷると首を振って、膝と腕を曲げ伸ばし。目をゆっくり開いては閉じる。

 最後に幾らか大きく呼吸をしてから、そろりとアマネはこちらを向いた。

 

「……すまんなあ、皆花も恥じらう乙女で。ソラちゃんが悪いとかやないんよ。な?」

「いやあのか――」


 うんうんと頷くクラスメイト達の中。ただ一人何か言いかけたシバの口を両手で塞ぐアマネ。そのままむぎゅむぎゅと抱きしめている。


「ほら皆もソラちゃんの事歓迎しとるし! 一ヶ月…………う〜〜〜ん。いや……まあ。ウチらまだ一年坊やし! あと二年数ヶ月も残っとる、気ぃ悪くせんとゆっくり仲良くなったってぇな。な?」

「良いの? 仲良くなっても……」


 シバ以外とも? この学校の皆と? 僕は暫し思案する。

 おそらく嫌われてはいない。排斥も多分されない。ならいつか……いつか本当にこの世界の一部として生きられる日が来る……?

 僕の思い描く輝かしい異世界ライフ、まだ手に入る…………!?


「ウワーッついに泣いてもた! アカンでソラちゃん、泣くならシワッシワになったウチの葬式で泣いてえな」

「……アマネが死ぬの考えたくないぃ……」

「そんなに!? ごめんな寂しかったんやな……! 今日は昼休みも放課後も一緒に過ごそな……! シバちゃんと学校案内したろ」

「勝手に何を」

「シバちゃんまだ移動教室ん時迷っとるやろ、強制や。もう九月やで九月」


 迷うんだ。かわいい。

 アマネの提案とシバのお陰で、拭かれ続けている涙も勢いが緩んでいく。


「よ〜しよし泣きやめてエライな。飴ちゃん食おな〜」

「うん……」


 僕の頭を撫でるそれはシバのものより大きい。ああ、なんてこの世界の女の子のお手々はあたたかく幸福な存在であるのだろう……。

 そっと、僕は身体を彼女へ預ける。

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