第18話 貴族学園怪奇現象事件Ⅳ

フレッドは眼鏡を押し上げ、ノートの記録をなぞりながら語り始めた。


「これは僕が警備員さんから直接聞いた話です。真夜中、校舎の見回りをしていた時に。特別教室棟の窓にぼんやりとした明かりが映ったそうです。その明かりは青白くゆらゆら揺れながら、講堂の方に消えて行ったとか」


「……それが人魂?」


「はい。警備員さんが慌てて確認しに行ったけど、そこには何もなくて。講堂の扉も周辺の教室も、全部鍵がかかっていたそうです」


「誰かがいた痕跡は?」

「真夜中で暗かったし、そこまでは調べられなかったみたいですよ」


フレッドの言葉にセシルは「なるほどね」と呟く。

人魂のような明かりを発生させる仕掛けがあったとしても、警備員が見落とした可能性はある。

続いてカイルが口を開いた。


「俺が聞いたのは文字通り、廊下で怨霊の声が聞こえるってやつだな。時間は放課後と夜。これは演奏部のやつらとフレッドと同じく警備員から聞いた話だ」


カイルは指先でノートに記された文字を指でなぞりながら読み上げる。


「『放課後、音楽室で集まって演奏の練習をしていた生徒達が、廊下の方から声を聞いた。気になって出てみると、講堂の方向から「出ていけ」「呪ってやる」という不気味な声が響いてきた。怖くなった部員達は楽器を放り出して逃げ出した』。昼には聞こえなくて、夜には同じ声を警備員が聞いてるらしいぞ?」


「百年前にここで亡くなった人の幽霊かもしれないわよ?」


ミレイがにんまりと口角を持ち上げた。顔の造りが綺麗な分、変に迫力がある。


「今日、クラスの子に聞いたのだけど、この学園が出来る前はこの土地は墓地だったらしいの……だから今でも霊がさ迷ってるのかもしれないわ」


セシルは半眼になり肩をすくめる。


「そんな子供だましの話はどうでもいいんだけど」

「……どうでもいいって……貴方、夢がないのね」


期待はずれの反応にミレイは不満そうだ。


「夢なんて生まれてから一度も見たことないからね。そんな事より、今の時間ならその声とやら、確かめに行けるんじゃない?」

「い、行くんですの!?」


セシルの言葉にノエルがぎょっとする。

先程まで平然としていたが、オカルト部の話を聞いてさすがに怖くなってきたらしい。


「そもそも、怪奇現象の解決を依頼してきたのはノエル嬢、君だろ?」

「そ、それはそうですけれど……」

「なら僕に丸投げするんじゃなくて協力してもらわないと」

「う……」


セシルの正論に口ごもるノエル。

そこに助け舟を出したのはカイルだった。


「だったら皆で行こうぜ!俺も気になるし!」

「そうね。オカルト部らしくていいんじゃないかしら」

「僕も行くよ!怨霊の声を聞けるなんて、滅多にない体験だし!」

「っ……ぼ、僕もっ……」


気の弱そうなユリウスまで行く気満々のようだ。

こうして部員達を巻き込んで一行は講堂へ向かうこととなった。






特別教室棟は、昼間に来た時と変わらず静まり返っていた。

窓から差し込む夕日が廊下をオレンジ色に染めている。


「人魂や怨霊の声を聞いたって話が出回ってから、先生も生徒もあんまり寄り付かなくなったのよね。……とはいえ教材を取りに来ることもあるから、全く誰も来ないってわけじゃないだろうけど」


ミレイの声が廊下に反響する。


「お、怨霊の声が聞こえてきたらどうする……?」


ミレイの後ろに隠れ、びくびくしながらユリウスが呟く。


「だ、大丈夫っ!今のところ、呪われたりした人はいないしっ!」

「呪われてても本人に自覚がないと分かんねぇよな?」

「ちょっとカイル、やめてくれよ!」

「ははっ、悪い悪い」


怖がるユリウスをカイルがからかったその時、


『出ていけ……』


低く湿った声が講堂の方から響いてきた。


「ひっ……!?」


ノエルが肩を震わせ、傍にいたカイルの袖を思わず掴む。


「今の、聞こえたか……?」

「ほ、本当に怨霊の声が聞こえてきた……!」


好奇心を抑えきれず目を輝かせるフレッドと、怯えてミレイの腕にしがみつくユリウス。


「ユリウス、貴方もオカルト部の一員ならクラインくんを見ないなさいよ」

「気にはなるけど、怖いんだよ!!」

「まったくもう……」


呆れたようにため息をつきつつも、ミレイはユリウスの頭を軽く撫でる。普段から面倒見がいい姉なのだろう。

再び声が響く。


『出ていけぇぇ……呪ってやるぅ……』


その声はやむことなく、次第に輪郭を増しはっきり聞こえてくる。


「声がするのは本当みたいだ。こっちかな?」


セシルは恐怖を見せるどころか、寧ろ音の発生源を探す様に講堂の方にずんずんと進んでいく。


「お、おいおい!この状況でよくそんな度胸あるな!?」


カイルが慌てて声を上げた。


「だって気になるじゃないか、この騒ぎを誰が何のために仕組んだのか」


楽しげに微笑むセシルの瞳には、現象の背後に人間の意図があると疑わない確信めいた好奇心が宿っていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る