第15話 真竜の試練と竜王の神殿
魔獣軍を操るシリウスに対抗するため、レオンとヴァルザードはアウルム王国の北方――竜王ティアマトが遺したという「竜王の神殿」へ向かっていた。
薄暗い森を抜けると、巨大な峡谷が現れる。
断崖絶壁の中央に浮かぶようにそびえ立つ神殿は、白銀の鱗を思わせる装飾に覆われ、近づくだけで肌がビリビリと震えるほどの膨大な魔力を放っていた。
「……うわぁ、またとんでもない場所に来ちゃったな」
『主よ、気を抜くな。ここは竜族にとって“聖域”に等しい』
「その割に、ヴァルは落ち着いてるように見えるけど?」
『……フン。我は焔滅竜ヴァルザード。竜族の聖域ごときに怯える理由はない』
そう言い放ったヴァルだったが――握られた拳がわずかに震えているのを、レオンは見逃さなかった。
神殿の中は荘厳だった。
高い天井には星辰を描いた魔法陣、床には竜王の紋章。
だが、一歩足を踏み入れた瞬間――。
「――来たか、裏切りの竜よ」
空気が凍りつく。
光の粒子が渦を巻き、ひとりの男が姿を現した。
銀白の髪、蒼い瞳、背には透明な竜翼。
竜族の記憶を宿す神殿の守護者――竜霊騎士アルヴェインだった。
『……アルヴェイン……まさか、まだ神殿を守っていたのか』
「“まだ”ではない。“永遠”だ。
我は竜王の命により、竜族の罪を見張り続けている」
アルヴェインの瞳がヴァルを鋭く射抜く。
「ヴァルザードよ。お前は千年前、この地を戦火に巻き込み、竜族の封印を破った。その罪を忘れたわけではあるまい」
『……あれは真の我ではない。
確かに我ら竜族は、かつて竜王に牙を剥いた。だが――』
「言い訳は不要だ。裏切りの竜よ、この神殿を通過する資格はない」
アルヴェインが長槍を構えた。
床を蹴った瞬間、閃光が走る。
「待て待て待て! 話し合いで解決しようよ!?」
レオンの必死の叫びは虚しく、青白い光を纏った槍が神速で振り下ろされた。
「ぐっ――!」
ヴァルは咄嗟に紅蓮の炎を吐き、防御する。
だが、炎はあっさり切り裂かれる。
『チッ……こやつ、ただの守護者ではないな』
「当然だ。“真竜の記憶”を継ぐ者だからな」
アルヴェインは床に描かれた竜王の紋章へ手を伸ばした。
次の瞬間、神殿全体が震え、天井から光の柱が降り注ぐ。
「レオン、下がれッ!」
「お、おうッ!?」
光の柱から姿を現したのは、七つの首を持つ巨大な竜の幻影だった。
全身は星々のように輝く鱗に覆われ、ただ存在するだけで空気が重くなる。
『……“原初竜ティアマト”……!』
ヴァルが低く唸る。
「その通り。ここを通過したいなら、“真竜の試練”を乗り越えろ」
ティアマトの咆哮が轟き、床が砕け散る。
ヴァルは竜形態へ変化し、紅蓮の炎を吐き出した。
『レオン! 我の背に乗れ!』
「わ、わかった!」
二人は幻影竜の巨体に挑む。
だがティアマトは桁違いだった。
七つの首から繰り出される、氷、雷、炎、毒、闇、光、風――全属性同時攻撃。
「ちょっとこれ、反則じゃない!?」
『油断するな! 我らが一度封じられたのは、この竜王の力ゆえだ!』
「封じられた……? ってことは、ヴァルたち竜族は、この竜王に――」
『……ああ。千年前、我らは竜王に逆らい、敗北し、封印された。
そして――その戦乱を引き起こした張本人が、シリウスだ』
「シリウス……!」
ティアマトの尾が一閃し、神殿の壁が粉砕される。
レオンはヴァルの首にしがみつき、必死で魔力を解放した。
「くそっ……こんな時に、もっと強ければ……!」
『主よ、迷うな! 我を信じろ!』
ヴァルの紅い瞳とレオンの視線が交わる。
次の瞬間、二人の魔力が共鳴し、レオンの体を赤い光が包んだ。
「……これ、なんだ?」
『“真竜同調”だ! 我とお主の魂が共鳴している!』
全身を駆け巡る莫大な力。
そして――レオンの手に、紅蓮の竜槍が顕現した。
「これなら……いける!」
レオンは竜槍を構え、中央の首めがけて跳ぶ。
「――《紅蓮竜閃槍》ッ!!!」
紅蓮の尾を引く竜槍が、ティアマトの幻影を貫いた。
七つの首が同時に咆哮を上げ、神殿全体が揺れる。
そして、光が爆ぜた。
ティアマトの幻影は消滅し、竜王の紋章が黄金に輝きを取り戻す。
「……やった、のか」
レオンが息を整えると、アルヴェインが深く膝をついた。
「幻影とはいえ、こうもあっさりと竜王様を倒すとは……」
「見事だ。焔滅竜ヴァルザード、そして“最恐魔王”レオン。
お前たちには、竜王の力を扱う資格がある」
「黒幕は……やっぱりシリウス、なんだよな?」
アルヴェインの瞳が鋭く光る。
「おそらくは。
千年前も、シリウスは竜王を裏切り、この世界を魔獣で覆いつくそうとした」
ヴァルの瞳が深紅に燃えた。
『……奴が生きているなら、必ず討たねばならぬ』
レオンは拳を握りしめる。
「つまり――俺たちが止めるしかないってことか」
「そうだ」
アルヴェインは立ち上がり、厳かに告げる。
「ここからがお前たちの“真なる戦い”だ」
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