第20話 ぼんやりとした意識の向こうで
「手を貸せよ!」
智也の声がした。
そして、頭や頬、背中にも痛みが走る。
その直後に持ち上げられた感覚があり、宙を漂っているかのようにふらふらとした。さっきまでは背中に感じていた固い感触が、柔らかな感触に変わった。
乱暴に扱われたのか、変わったと同時にドサッと落とされた衝撃で痛みが耐えられないほどになり、また意識を失った。
「何言ってるんですか?」
ふと聞こえたのは戸惑いの声だった。智也じゃない。誰だろう。
「大きな声を出すな!」
そう叫んでいる声自体が大きい。そう考えるほど、意識が明瞭になってきた。
ここはどこだろう?
早苗は目だけを動かしてあたりを見渡した。真っ暗な中にも、ぼんやりとオレンジ色の光があり、その反射の様子から窓ガラス越しだと見て取った。
車の中だろうか? 横になっているようなので、後部座席のシートにいるのだろうか。
そのとき、ドアが開いた音と気圧の変化を感じた。
肩にかかっていた紐状のなにかを引っ張られる感覚がある。ごそごそといじっているような。
「あー、もう面倒だ。カバンごと持っていこう」
首を強引に動かされて、肩に掛かっていたその何かが消えていった。
声は聞こえなくなり、再び朦朧として、何も考えられなくなった。
「大したことないはずだ」
また智也の声が聞こえてきた。
「酔っ払ってるせいで寝てんじゃねーか?」
「打ちどころが悪かったのかもしれません」
「大げさなんだよ。演技かもしれないぜ」
聞こえづらい。
それ以降もなにかを話しているようだったが、明確には聞き取れなかった。
なんでこんなに痛いんだろう。頭や顔、身体中が痛い。ズキズキとした痛みや、ガンガンと響く痛みもある。心臓もバクバクと脈打って、自分の息が荒いのもわかる。しかし目は霞んでいる。というか開けていることが辛い。
なぜこんな状態になったのだろうと思い出そうとして、浮かんできたのは智也の怒りの表情だった。
その顔を思い出して、ようやく気がついた。
殴られて、意識を失ったんだ。
ここまで殴られるなんて。
いや、当然だ。殴って欲しいと願っていた。
生田と食事をし、キスをしたから当然の仕打ちだ。
そうだ。智也は嫌々ながら無理をして殴ってくれたんだ。
ホッとして、吸い寄せられるように再び意識が飛びかけた。
「逃げ出すなんて許さない」
意識が消えゆく刹那、聞こえてきた声にまた意識を呼び戻された。
不思議と安堵感に包まれ、すべてから解放された気分になった。
呼び戻されたけど、この声の主に任せておけば大丈夫。
もう目覚めている必要なはい。
この声の主にすべてを委ねればよいと思った。
それを最後に、早苗は意識を手放した。
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