時計台の天女伝説
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時計台の天女伝説
まだ薄暗い早朝の道を、古い時計台を目指して歩いていた。そこは「天女の住む時計台」というロマンチックな伝説で知られている。
「おい、本当にこんな早朝から行くのか? まだ薄暗いぜ」
無粋なことを言うのは隣を歩く友人だ。だが、僕の突飛な提案にも付き合ってくれる、昔から腐れ縁のいい奴だ。
「伝説によれば、天女は夜明けの空を舞い降りるって言われてるんだ。それに、静かな方が雰囲気が出るだろ?」
僕は時計台を見上げた。石造りの外壁は風雨に晒され、いい具合に古びている。
「時計の針って、なんで右回りか知ってるか?」
友人の急な問いかけに、僕は答えを持たなかった。
「え、なんでだ?」
「あれは、日時計の影が太陽の動きに合わせて右回りに移動するからなんだよ。つまり、時計の原点である日時計の動きを模しているってわけだ」
僕は感心して「なるほど」と頷いた。天女伝説も面白いが、時計そのものにも奥深い歴史がある。
しばらく歩くと、時計台の麓に到着した。
「この時計台は鐘も有名なんだ。昔はただ時を告げるだけじゃなくて、街の火災報知器とか、人々を集合させる合図としても使われていたんだとさ」
友人が壁に貼られた古い説明書きを指差して言う。
「今じゃ携帯電話一つで全部済むけど、昔はこういうアナログな方法で、街が一つになってたんだな」
「だな。それに、これだけの巨大な時計を動かすには、とんでもない技術が必要だったはずだ。」
僕らは螺旋階段を上り、やがて、広い空間に出た。そこには、想像を超えた巨大な機械仕掛けが鎮座していた。歯車の一つ一つが僕の背丈ほどもあり、いくつもの鎖が天井から伸びていた。
「うわあ…すごい迫力だな」
「この巨大な
その時だった。歯車が動き出し、時計台全体が微かに震え、重厚な「ゴオオオオ」という音が鳴り響いた。
「うおっ! なんだ!?」
「あ、時報だ。ちょうど午前6時だな」
友人が落ち着いた声で言う。頭上から、深く、そして澄んだ鐘の音が響き渡った。ゴオオオオ、ゴーン…ゴーン…ゴーン…。数回、その音は僕らの全身を震わせた。
その直後、時計台の最上部、ちょうど鐘のある層の窓から、ゆらりと白い「何か」が舞い降りてくるのが見えた。昇り始めたばかりの朝日の光を受けて、それは風にそよぎながら、ゆっくり、キラキラと輝いている。
「天女!?」
僕は思わず声を上げた。天女の羽衣だ。伝説は本当だったんだ!
しかし、舞い降りてきた「羽衣」は、やがて視界から消え、時計台の影へと吸い込まれるように見えなくなった。
「消えた…」
「おいおい、天女じゃないって。あれは、鐘に付いていた
友人はそう言って、肩をすくめた。
「なんだ、朝露だったのか…」
天女の羽衣だと思っていたものが、ただの自然現象だったことに、一瞬、がっかりしたような気持ちになった。しかし、友人の説明を聞きながら、僕はもう一度、あの光が舞い降りてきた場所、鐘のある層の窓を見上げた。昇り始めた朝日に照らされて、確かにまだ残っている水滴が輝いているのが見えた。昔の人々も、あの鐘からの朝露の輝きを見て、空の彼方に住まう天女の姿を思い描いたのだろうか。
「がっかりしたか?」
友人が僕の顔を覗き込むように言った。
「まあ、ちょっとは…でもさ、それってむしろすごいことじゃないか?」
僕の言葉に、友人は目を丸くした。
「だって、昔の人も同じように、この光り輝く水滴が舞い降りてくるのを目の当たりにして、『天女だ!』って思ったんだろう? 朝露の輝きが、何百年も語り継がれる美しい伝説になったなんて、そっちの方がよっぽどロマンがあると思わないか?」
「そっか…お前がそう言うなら、そういうことにしておこうか」
友人は笑いながら、僕の背中をポンと叩いた。遥か昔の人々が、この丘の上の時計台から舞い降りる光を見て、天から降り立つ美しい天女を想像した。その想像力が、僕らの知らない時代から、この場所に、この伝説を紡いできたのだ。
「この時計台の鐘が何百年も時を告げてきて、それが『天女の羽衣』を見せてきたって、まるで時計台自体が、伝説を大切に守り続けてきたみたいだな」
友人の言葉に、僕は深く頷いた。巨大な機械仕掛けが、休むことなく静かに、時を刻んでいる。この時計台が、天女伝説をずっと僕らに伝え続けてきたのだ。
そこには確かに、時を超えて語り継がれるべき「物語」があった。そして、その物語を感じ、受け継ぐ心こそが、僕が知りたかったことなのかもしれない。
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