第28話 ルームサービス

 ナターシャは信二を離れたくないようだった。だが信二は大人の関係だと割り切っている。しかもナターシャの夫はルーロ共和国のブランジ議長だ。こんなことがばれたらでは済まない。


「ナターシャ。僕は君のことが好きだ。愛している」

「私もよ。シンジ」

「でも僕は行かなくちゃいけない」

「私も一緒に行くわ!」

「それはだめだ!」


 信二はナターシャの腕をふりほどいた。


「君には君の役目がある。君がいなくてはこの国はどうなる?」

「私なんていなくてもいいのよ。どうせ夫には若い愛人がいるから」

「いや、違う。もしそうだとしても表向きは君が夫を支えて見せる必要がある。それで国民は納得するんだ。この国で君は希望の光でもある・・・」


 信二はいろんな言葉を並べてナターシャにあきらめさせようとした。その説得に彼女の決心が緩んできた。


「一旦は離れた方がいい。また君と会えるから」

「本当?」

「そうだ。GPの時に君が来れば必ずまたこうして会うことができる」


 ナターシャはそれで納得してくれたようだ。そのためにもう一度抱かねばならなかったが・・・。

 ナターシャは疲れてベッドの上で昏々と寝ている。その姿を見ながら信二は思った。


(これでナターシャについてこられずに済んだ。そんなことになったら暗殺されるからな)


 信二は「ふうっ」と息を吐いて部屋を後にした。


 ◇


 次のシェラドンレースは第7戦ヤマンGPだ。公式練習でヤマンのマシンがコースを走っている。信二はそれをスタンドからじっくりと観察した。


(やはりパワーアップされている。特に直線の伸びがいい)


 信二はそんな感想を持った。地元開催のGPだからヤマン国のスタッフは気合が入っているのだろう。特にショウは前回のルーロGPに出場できなかったから特に意気込んでいるはずだ。

 それにボンド国だ。6気筒エンジンに様々な改修を施して安定感が増してきている。マイケルも調子がよさそうだからこちらも侮れない。それに前回激しく争ったスーツカ国のロッドマンもいる。厳しい戦いになりそうだ。


 今回もセカンドライダーを務めるライアンも走っていた。やはりメアリーと比べて走りが数段劣る。前回のルーロGPでは14人中12位と決して褒められた順位ではなかった。この分では彼に援護してもらうことは難しいだろう。


(今回は不利な要素が多すぎる。マービー国のマシンはそのままだ。パワーアップしてきているライバルたちとどうやって戦うか・・・)


 信二の頭はそれで一杯だった。公式練習でコースを走ってみたがタイムは思った以上に伸びない。このままでは予選も本選もライバルたちの後塵を拝することになるだろう・・・。



 信二はホテルに戻って早めにベッドに横になった。だがレースのことが気がかりで寝付けない。


「こんなときはあれを頼むか」


 あれとはラテシャイという、この異世界の飲み物である。ハーブティーのようなもので寝付きがよくなるらしい。以前、メアリーから聞いたことがあった。それでホテルのルームサービスで頼んでみる。

 しばらくしてドアがノックされた。シンジがドアを開けると20代半ばくらいの若い女性のホテルスタッフが立っていた。眼鏡をかけて清楚な感じだ。ホテル制服が似合うがその胸は大きく膨らんで揺れている。その姿に信二はそそられていた。


「ラテシャイでございます」

「ありがとう」

「すぐに準備いたします」


 その女性スタッフはテーポットの載ったワゴンを押して入ってきた。彼女はその上でラテシャイを入れてくれる。なかなか本格的のようだ。


「お眠りになれないのですか?」

「ああ、少し考え事をしていて」

「そうでございますか。このラテシャイは気分をリラックス効果があります。よくお眠りになれますよ」


 カップを渡されて信二は飲んでみた。いい香りがして気が休まるような気がする。


「いかがですか?」

「おいしいよ。君が入れてくれたから特にね」


 信二はそう言ってウインクした。


「まあ。そんなことを・・・」


 その女性スタッフは少し恥ずかしそうにして頬を赤らめた。


(脈があるかな)


 と信二はそう思ってもう少し言葉をかけてみた。


「君が話し相手になってくれると寝付けるかもしれない」

「私のシフトの時間が終わりましたので、少しだけなら」

「それはありがたい。ところで君の名前は?」

「リサです。シンジ様」

「シンジと呼んでくれ。リサ・・・いい名前だ。君もラテシャイを飲むかい? カップもあるようだし」

「はい。いただきます」


 リサもカップにラテシャイを入れて飲んだ。


「レースのことで頭がいっぱいで眠れないんだ」

「存じています。シンジ様、いえ、シンジはヤマンGPに出場されるのですね」


 さすがホテルのスタッフだけあって顧客の情報は頭に入れているようだ。


「リサはレースに興味がある?」

「ええ。よく拝見しています。スクリーンで」


 この異世界にはテレビ中継などないが、映像能力に特化した魔法使いが見たものをスクリーンに投影することができる。それを一部の限られたファンが楽しんでいるようだ。リサもかなりのファンなのかもしれない。


「そうか。リサは僕の走りを見たことがあるんだね」

「ええ。もちろんです。素晴らしかったです。第1戦のマービーGPでは・・・」


 リサは話し出した。かなりのファンらしくその話は止まらない。延々と話し続ける。そしてふと我に返る。


「すいません。うれしくて私ばかり話して・・・」

「いや、いいんだ。面白く聞かせてもらった。そんなに見てくれたんだね。うれしいよ」


 信二はリサの横に行った。そろそろ決めようと・・・。その気配をリサは敏感に感じ取っていた。


「シンジ。それは・・・」

「君に一目ぼれしてしまった。どうしようもないほどに・・・」


 信二はリサの持っているカップを取り上げてワゴンの上に置き、その手を取った。そして眼鏡を取ってその目をじっと見つめた。


「君に出会ったこの夜を忘れられないものにしたい」

「シンジ・・・」


 リサの目が潤んできた。そこで口づけをする。しつこいくらい長く・・・そしてその大きな胸に手が伸びる。


「リサ。君が欲しい」

「シンジ・・・」


 リサは信二にしっかりと抱きついた。あとはベッドに押し倒していつものように・・・。リサは大きな胸を揺らして歓喜に包まれていた。


 コトが終わり、そのまま2人は朝まで眠り込んでいた。


「ドンドンドン!」


 ドアを激しくノックする音で信二は目覚めた。

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