第24話 ビザ
後ろに迫るイザベルには抜かせないが、信二はタイムを落としていた。マシントラブルかとも見えるが、シーナ勢とある程度の距離を保っていたというのが本当のところだ。これは信二の作戦だった。
(俺が追って来ないと見たらカルロスとイザベルが4位争いを始めるだろう。2人のうちどちらがエースライダーかは決まっていないと聞く。必ずその座を得るために相手よりの先に行こうとするはずだ)
その信二の読みは当たった。信二が脱落したとみて、カルロスとバーバラがバトルを始めたのだ。2人は自分こそがエースライダーだと思っている。ピットサインを出してもやめる気配はない。
その様子は信二からも分かった。2人はもうブロックどころではない。
「しめた!」
信二はここぞとばかりにスピードを上げていく。前を行く2人に気付かれないように・・・。すでに8周目に入っているがまだ余裕はある。ハングオンスタイルでコーナーを攻めてあっという間に2人を追い越していく。
「よし!」
信二は心の中でガッツポーズした。あわてたカルロスとバーバラが追いかけてくる。だが抜かしてしまえば問題ない。あとはこのペースで走り、後ろとの差を広げていくだけだ。
結局、信二は4位だった。何とかポイント3点だけは死守した。1位はマイケル。2位はショウ。3位はロッドマンだった。ロッドマンは途中までショウと2位争いを続けていたが、ミッショントラブルに見舞われて3位になった。それでも信二には追いつけなかった。
これでポイント1位はマイケルの40点、2位はロッドマンの33点。信二は31点で3位に落ちた。その後ろにはショウが27点で追っている。
総合ポイント
1位 マイケル(ボンド国) 40点
2位 ロッドマン(スーツカ国) 33点
3位 信二(マービー国) 31点
4位 ショウ(ヤマン国) 27点
VIP席からアドレア女王が侍女のサキとともにピットに下りてきた。慌ててボウラン監督やスタッフたちが迎える。
「皆さん。ご苦労でした。結果は残念だったけど、いいレースを見せてもらったわ」
アドレア女王はピットにいる一人一人に声をかけて行った。もちろん信二の側にも来る。
「すまなかった。優勝はできなかった」
「大丈夫よ。まだチャンスはあるわ。シンジの走りは素晴らしいもの」
アドレア女王はやさしく微笑みながらすぐに信二から離れて行った。サキは信二に意味ありげな笑顔を向けてその後に続いて行った。
「おい! 女王様の侍女に何かしたのか?」
その様子を見ていたブライアンがそばに来て信二に尋ねた。
「何もないよ」
「本当か? それなら今度、アタックしようかな? おぼこ娘のようだから」
信二は何とも言えず、苦笑するしかなかった。
シーナGPも終わり、次はルーロGPだ。アドレア女王はレース後すぐに本国に帰って行った。チームはそのままルーロ共和国に向かう予定だった。
転倒したメアリーは足を骨折してしばらくマシンに乗れない。しばらくは安静だ。
「くやしいわ! 次はきっと勝ってよ!」
彼女は信二のそう言い残してマービー国に戻っていった。そのためセカンドライダーは補欠だったライアンが乗ることになる。彼はテクニックも未熟で経験も少ない。信二の援護はできないかもしれない。
ルーロ共和国はブランジ議長が独裁する強権の国だ。普通の国民に自由がない。秘密警察が陰で人々を取り締まっているという。この国にいるときは常に緊張して辺りを気にして、当局の目につかないように行動しなければならない。でないと監獄か強制労働行きになる・・・
「くれぐれも女遊びは控えてくれよ。でないと一生、あの国から出られないからな!」
「わかりましたよ」
以前から信二はボウラン監督からうんざりするほどさんざん脅されていた。
(まあ、今までがそうだったか仕方がないか・・・)
チームは次の日にルーロ共和国に移動する予定だったが、その夜、思わぬ知らせがもたらされた。
「ビザが下りないだと!」
ボウラン監督が頭を抱えていた。シェラドンレースに出場するため、そのレース関係者には無条件で入国ビザが出るはずだった。だが今回、まだ出ていないのだ。マービー国の外務省に問い合わせてみたが、ルーロ共和国が様々な難癖をつけてビザを出さないようにしているという。
ボウラン監督はあわてて他のチームに連絡してみた。するとあることが分かった。
「我がチーム以外にビザが下りていないのは・・・ボンド国。スーツカ国、ヤマン国だ。いずれもレースで上位争いをしているチームだ。理由を聞いてみたが様々だ。訳の分からない理由が多い・・・」
ボウラン監督がスタッフに説明した。ビザが下りなければルーロ共和国に入れないし、ルーロGPに参加できない。
「汚いやり方だ。上位チームを出らなくして自国のチームに上位を取らせるつもりだろう。ドロテアなら優勝できるかもしれないからな。それで国威発揚というわけか・・・」
ルーロ共和国ならやりかねない・・・それはチームのスタッフ全員が感じていた。いずれにしてもビザが下りない限り、ルーロ共和国に移動できない。しばらくシーナ国に留まるしかない。
数日後、ある情報がボウラン監督に伝えられた。
「スーツカ国はビザが下りるようだ」
「それはどうやって? 簡単に下りないと思っていましたが・・・」
信二は聞いてみた。
「スーツカ国はルーロ共和国のブランジ議長に太いパイプがあるそうだ。多分、高官と懇意にしているのだろう。その線で頼めたらしい」
スーツカ国は大国ではない。中ぐらいだ。その辺を考慮されたようだ。大国のボンド国やヤマン国ではまずそんなことはないだろう。
「だとするとマービー国にもビザが下りる可能性があるのでは?」
「しかしブランジ議長につながるパイプがない。アドレア女王様でも外務省でも伝手がないのだ。どうにもならない」
ボウラン監督は悔しそうだった。このままルーロ共和国に入ることなくシーナ国で過ごさねばならないのか・・・信二は嘆息した。
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