第17話 交錯する本音、揺れる均衡

──会談後・ラルの私室(軍宿舎)──


軍本部の用意した私室。

白を基調とした整った空間は、まるで「監視と管理のためにある」ような整然とした造りだった。


ラルはソファに腰を沈め、息を吐く。


「……まったく、予想通りだったな。俺なんか最初から眼中にない」


皮肉でも怒りでもない。

ただ、呆れと苦笑が混じる声だった。


その瞬間、扉が開く。

セリナ=エーデルバルトが真っ直ぐにラルへ歩み寄る。


続いて、ミア=ノルド、エリス=グレイア、そしてリーナ。

彼女たちは当然のようにラルのそばへと集まった。


「……ラルさま。あの連中、よくもあんな顔で、ぬけぬけと……」


セリナの声音は柔らかい。だが、その奥には明確な怒りが潜んでいた。


「ラルくんが、どれだけの戦場で血を流してきたと思ってるの?」


最初に口火を切ったのはエリスだった。

その細い体のどこにそんな怒りが宿っているのかと思うほどに、鋭い光を放つ双眸。

まるで、ガラスのように冷たく、それでいて燃えるように熱かった。


「“感謝”すら口先だけ。ラルくんを“釣り餌”扱い……あいつら、ほんとに、殺していい?」


言葉は甘く囁くようなのに、そこに宿る殺意は明確だった。


「え、ダメなの?」


今度はミアが、ソファの肘掛けに顎をのせたまま、退屈そうに呟く。

だが、その目には遊びの色はなかった。

金色の瞳がゆらりと揺れて、まるで獣のような凶暴な感情が奥底から滲み出る。


「私たちがいなかったら、ラルが功績を挙げられなかった? だからお前たちは、私たちだけを欲しい?」


そこで、ミアの声が一段低くなる。


「ふざけんなよ。ラルがいなかったら、私たちは──」


言いかけたその言葉を、別の声が静かに遮る。


「……存在すらしていません」


リーナだった。

感情の見えない表情で、ラルの傍らに立つ彼女がぽつりと呟いた。


「私に至っては、“戦場に出た記録すらない”のです。

それでも、ラル様の屋敷にいただけで“危険視”され、戦力と見なされている。

つまり──彼らの判断基準は、“能力”ではなく、“ラル様と一緒にいたか”で決まっているのです」


その言葉に、他のヒロインたちの表情がさらに冷えたものになる。

そして、場の空気は、張り詰めた氷のように研ぎ澄まされていった。


「それってつまり──」


エリスが声をひそめながら、にぃ、と微笑む。


「ラルくんが一緒にいる女を、片っ端から“使えるかどうか”で値踏みしてるってことでしょ?

……最低だね、あいつら」


「──ラルくんを、なんだと思ってるんだよ」


ミアが椅子の肘掛けをぐっと握りしめ、軋ませる。


「ただの“トリガー”?“装置”?“人質”?

そんな風にしか見れないような奴らの命令なんか、死んでも従ってやるもんか!」


「皆……」


ラルが、ぽつりと漏らす。


その目には、静かに揺れる疲労と、どこか諦めに似た色。


「俺はただ……戦いたかったんじゃない。誰かを守れるようになりたかっただけで……それなのに、気付いたら──

“俺が守られる側”になってた。俺自身が、誰かを動かすための道具になってた」


沈黙が落ちる。


そして、セリナがゆっくりと歩み寄り、ラルの隣に腰を下ろす。


「ラルさまは、道具なんかではありませんわ。

……でも、“手放したら取り返しがつかない存在”であることは、間違いありませんの」


「だから奪おうとしてるの。私たちじゃなくて、“ラルくんを連れている私たち”を」


エリスが言う。


「だったら──」


ミアの声が、ひどく冷たかった。


「誰にも触れさせなきゃいい。誰にも見せなきゃいい。誰にも、渡さなきゃいい」


「……独占、というやつですね」


リーナが淡々と続ける。


「合理的かつ戦術的に最適です。“触れるリスク”を排除するのが、最も確実な方法ですから」


ラルは頭を抱えた。


「……お前らさ。ちょっとは俺の意思とか尊重しない?」


「してますわ」


「してるよー」


「むしろ、最優先だよ」


「ラル様のために、です」


……なのに、なぜこうなるのか。


(静かに暮らしたいだけなんだが……)


心の中で嘆いたラルの苦悩を、彼女たちはすでに知っていた。

だが──その“静かさ”は、“自分たちと共にある”静かさでなければ意味がないのだと、誰もが思っていた。


そして、室内の温度がふっと下がる。


「……あの連中、もし次にラルさまのことを“手段”として口にしたら──」


セリナが紅茶を口にしながら、微笑む。


「遠慮なく、“排除”いたしましょうね」


その言葉には、嘘も誇張もなかった。


──そしてその夜、軍上層部の空気もまた、静かに変わり始めていた。

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